豪徳寺家の人々

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(あきら)”の愛娘にして“伊織(いおり)”の母“陽子”は、 学生時代、留学先に選んだオランダの地で、 同じ大学の学生と恋に落ち、伊織を身籠もった。 二人の両親は学生同士の結婚を厳しく咎め、 特に陽子の父“曙”は仕送りを断つなど、日本への帰国も許さなかった。 若い夫婦のアルバイト生活では子育てはおろか日々の暮らしにも行き詰まるのは必然…、 夫婦の関係は瞬く間に破綻し、学校も辞めた。 シングルマザーとなった陽子は友人の伝手をたよりに、日本人が営む旅行代理店で仕事を始めた。 やがて、その会社社長と陽子は再婚。 しかしその再婚相手までも不慮の事故で失い、再び母子の平穏な暮らしは絶たれたのだった。 陽子は夫の遺した会社の経営に奔走…。 伊織を育てる為、がむしゃらに働いた。 伊織は少年期の殆どを寄宿制の一貫校で過ごした。 休暇で帰宅する時の伊織は、まるで恋人にでも逢うかのように、心を躍らせたものだ。 伊織にとってこの世で愛しい人は、母親の陽子‥只ひとり‥。 「陽子さんを世界で一番愛してる」 ‥‥が彼の口癖であった。 14歳で大学への飛び級進学を果たした伊織に精神的ゆとりが生まれ、苦労して自分を育ててくれた母親との思い出や将来の展望といったことをぼんやり考え始めていたある日、 陽子が突然伊織を呼び出し、日本への渡航チケットを手渡した。 「病弱だった実家のお義姉様が小さな息子を残して他界したの。 あなたのたった一人の従兄弟よ‥。 可哀想に…まだおむつも取れない赤ん坊なの…、どんなに寂しい思いをしてるか‥‥ 兄さんは、私に実家に戻って欲しいと連絡をよこしたわ。 …優しい兄は、実家と断絶状態の私に時折密かに援助してくれてた‥‥‥グスッ‥ 身体が二つあるなら直ぐにでも飛んで行きたい! …けれど、今ここで私が会社を離れる訳にいかないのよ。 大切な取引先との交渉‥従業員達の生活がかかってるンだもの。 それに… あの頑固な父はまだ私を許さないでしょう。 お願い、伊織! 母さんの力になって…」 元々抱いていた母と義父の祖国‥日本への興味もさることながら、 自分の身内が遠い異国にいて、今‥辛い思いをしているという不思議に心がざわつく。 何よりも、母親の切なる願いを拒む理由などあろうハズもない。 伊織には、一片の迷いもなかった。 直ちに学校へ休学届を提出し、 伊織は生まれて初めてオランダを離れ、 自分の中の半分‥ 日本という国に降り立った。
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