第一章 「うつ病の臨床心理士」

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仮眠室から出て、カウンセリング室へと入る。 今日のクライエントの資料を取り出し、スマホを机の上に置き、クライエントを呼ぶ。 「木村さん!」 ゆっくりと女性が入ってきて、L字のソファーに座る。  私は、うつ病という病を抱えながら臨床心理士という仕事をしている。一般的に、臨床心理士は精神的に健常者でなければいけないとされているが、私はうつ病である事実を隠して、この仕事を続けている。 うつ病を経験している私だからこそ、クライエントと向き合った心理サポートができると思っている。 「こんにちは」 柔らかく、あまり耳を刺激しないような口調で挨拶する。  カウンセリング室は対面的に話すようにはなっておらず、クライエントとカウンセラーはLの形で座るようになっている。クライエントが座っている、L字のソファーの座っていない方に私が座る。 「……こんにちは」 彼女は2か月前にうつ病と診断されて、薬の服用とカウンセリングを受けに来ている。最初の頃は、挨拶しても返ってくることはなく、一言も話さないで終わったこともあった。でも、今は少しずつ打ち解けてきて、色々と話すようになった。 「……今まではあまりご飯も喉を通らなかったけど、だいぶ食べれるようになってきました」 彼女は少し、嬉しそうに答える。 それに合わせて、私も笑顔で相槌を打つ。 「そっか。よくなっている証拠だね」 大体、カウンセリングは1時間ほどで終わる。 たわいもない話をしていれば、あっという間に終わりの時間になってしまう。 机の上にあるスマホを見る。 「あっ……もう終わりの時間だね。この話は来週のカウンセリングでしましょう。いやー木村さんがちょっとずつ良くなっているのを見ていると私も元気が湧いてきます」 「……はい。こちらこそ、篠田先生のおかげだと思っています」 彼女は軽い会釈をして、部屋から出ていった。  さっきまで、話していたから気づかなかったが、ここは本当に静かだ。その静寂が私の心を握りつぶすように迫ってくる。うつ病になってから、一番辛いのは一人で静かな場所にいるということ。 その場所にいるだけでおかしくなりそうだった。
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