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昼休みにサッカーから帰って来ると、廊下では女子の黄色い声が聞こえていた。窓は閉まっていて見えない。おれは少しだけ聞き耳を立てていた。
「先輩ーっ。お願いしますよー。ねぇ」
どの声も敬語。下級生の女子たちだ。
「貰って下さいよー。お願いします~」
「そんな…だって…それは」
そう、早乙女”先輩”の声も、廊下の会話の中に混じっていた。
「私たち、先輩に渡すために、一つずつ、少しずつ、削ったんですよ~」
それを聞いた瞬間、沸々と怒りが込み上げて来た。
「だから…ねっ。そんなこと…したらダメだよ~。尚更貰えないよ」
「じゃあ、本命なら良いんですか~? これぇ…」
「しお、ズルイー。それって抜けがけじゃーん」
「しおりもなんだー? 実は…私も。えへへ」
「もう…」
早乙女が困った声を漏らしている。
「本命なら良いんですよね~?」
「だから、そういう問題じゃなくて…手伝ってくれたのは嬉しかったけど…そういうのは。ね?」
段々と読めて来た。昨日、早乙女がどうしてあんなに怒ったのか。それと下級生たちの魂胆も……。
「ほら、自分たちの階へ戻って。予鈴、鳴ったよ?」
下級生たちは「受け取ってくれるまで、帰りません」と、まだぐだぐだ言っている。
「もぉ…困ったなぁ。ほんと…」
それに続けて「誰か助けて~っ」と早乙女の笑い声。
(全然、困った声じゃねーよな!)
おれの怒りが頂点に達した瞬間だった。
図に乗りやがって!
教室へ戻って来た早乙女は、沢山のチョコを抱え、信じられないことに、おれと目が合うと眉を寄せて困った顔で笑いかけていた。
その顔を見たら腸が煮え繰り返った。
あれだけ、ぎくしゃくしていた、おれとの喧嘩すら忘れてしまうくらい、お前は浮かれてるのか? まるで、おれとの喧嘩すら女子の前では軽く扱われたような気分だった。
ずっと睨んでいるのに、早乙女は気づきもしない。自分の席に戻り、チョコをサブバッグへしまいこんだ。
気づいたらおれは、早乙女の席まで歩いていた。
あいつは、おれを見て、また苦笑いを向けた。
「六時間目終わったらなッ」
早乙女はその声に我に返り、表情が和らいだ。
だけど、おれは、その態度には応えず、無視して自分の席へと戻っていた。
小さい声で二人の声が聞こえた。
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