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そして今日。
昼休み、今度は早乙女の方から「放課後屋上へ来て」と、おれに告げに来た。特別なんの感情も見せない態度で、早乙女は返事も待たずに席に戻っていった。
おれは……。
あいつがあまりに調子良いことばかり言ってたから、おれが代わりになんとかしてやっただけだ。別に何も──。
放課後、あいつが教室を出て行くのが見えた。
おれは遅れて、教室を出た。前のように連れ立って一緒に歩いたりはしない。
鍵の閉まった屋上の重そうな扉が見えてくると、踊り場に人影が見えた。
階段を上っていくと、分厚い手すりの奥に、早乙女の姿があった。おれはギクシャクした足取りで階段を上っていないかが気になった。
「昨日クラブの子に、なにか話をしたんだって?」
踊り場の一段下に足をかけた時、早乙女が唐突にそう声をかけてきた。
あいつの顔は、意外にも怒った感じには見えなかった。風船の空気が抜けかけたような、どこか力の抜けた曖昧な表情をしていた。
だけど警戒したおれは、卑屈な言葉で早乙女を蔑んだ。
「なに? 惜しくなったの? 早乙女セ・ン・パ・イとしては」
すると、早乙女は。最近は見ていなかった素の表情で、突然、こんなことを言った。
「悠が…。玲のことを好きだって言ったんだってね──」
それを聞いて、思わず大声を出してしまった。
「だから! そういうところだよ! …くそっ」
久しぶりに聞いた…。
「先に『早乙女』って呼んだり、帰りも待ってくれなくなったのは、玲の方だよ?」
以前の”悠”に戻っている。
自分を「悠」と呼んでいる。そしておれのことも──。
「それは…。お前だって、廊下で無視したじゃん」
「GWに電話しても、無視したのどっち?」
二人で、こんなに感情を露わにしたのは、いつ以来だろうか。
「分かってないよ。そもそも、お前が家庭科部なんかに入ったりするからだろッ。おれはてっきり──」
「どっちが! もぉ…。全っ然分かってないよ~っ!」
悠は裏返った声を、かすれさせ、涙を溜めていた。
「分かってるよ…」
おれの言葉は勢いを無くした。
本当は分かっていた。悠が家庭科部に入った理由なんて、ずっと前から──だけど!
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