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Zushi Film Festival
逗子海岸の水面が、赤みを帯びた空の色に染められていく頃、砂浜に設置された大スクリーンの前では歩くことも難しいくらい人が集まっていた。
最近では毎年恒例の風物詩となっている逗子海岸映画祭は、ゴールデンウィークのビーチに多くの人を呼び、季節はずれに賑わった光景がみられる。
「もしもこの先一生、何か一品しか食べられなかったらどうするって今度訊かれたら、カレーって言うことにするわ」
今日でちょうど30歳の誕生日を迎えた僕の隣には、幼馴染の智(さとし)が座り、映画祭で出店しているカレーを頬張りながらアホなことを言い始めた。
「だってさ、カレーだったらカレーうどんもカレーパンも食べられるし」
「その答えの正解は『日替わり定食』だよ。っていうか、カレーならカレーライスかカレーパンかどれかだし」
正解も何も、僕の発言も相当アホなことは自覚している。
自分の誕生日を逗子映画祭で過ごすことは、ここ数年で自分のトレンドになっていた。
逗子海岸が家の近所だということもあるが、この映画祭の雰囲気が好きなのだ。
海岸に映像が浮かび上がる光景は幻想的で、自分がそんなシーンの一部に同化して溶け込んでるように思えるのだ。
去年は彼女と来て誕生日を祝ってもらっていたけど、つい最近別れたばかりだ。わけあって別れを切り出したのは僕だけど、失恋の傷はまだ癒えていない。
僕達の隣で女の子の忍び笑いを感じた。
彼女は僕達と目が合うと微笑んだ。
いつからいたんだろう。
彼女は仲間もおらず、一人でいるようだった。
海岸と夕暮れの効果なのかもしれないけど、彼女は一言でいうと僕のタイプで、雰囲気のある顔だちをしていた。
「もしかして一人で来てんの?」
僕が彼女にみとれていると、智が余計な突っ込みを彼女に入れる。
そういうのって恥ずかしいだろうし、触れちゃいけないところなんじゃないかな・・。
「友だち誰も一緒に来れる子、いなくって・・」
僕は食い気味に彼女を誘った。
「じゃあ一緒に観ない? 毛布とか多めに用意しているし。そんな薄着だと最後までみてらんないよ。今は大丈夫でも、これから夜にかけてじわじわ寒くなってくし、よかったら!」
僕は横目で智を見ると、智はニヤニヤ頷いていた。
彼女は顔をぱっと明るくした。
「実は寂しくって!」と彼女は僕達のブルーシートに移動して座った。
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