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しらすラーメン
大きな木々が影を落とす急傾斜の石段を、一段ずつ踏みしめるように上る。
晩春の生温い風がふくと、潮の匂いに混じって刈られたばかりの草の匂いが混じった。
実家に戻ってきてからここ5年、毎年5月15日には独りでここに訪れている。
いわゆるブラック企業で働きまくって倒れてから、もう5年が経過しようとしている。
倒れたと同時に会社を辞めて、東京での独り暮らしもやめ、逗子の実家に戻ってきた。
逗子に戻ってきてからは、父が経営しているラーメン店を手伝っている。
店の売りは店名にもなっている「しらすラーメン」だ。
というか、メニューはそれしかない。
擦り胡麻をたっぷり混ぜた少し濃厚な醤油ベースのスープに、釜揚げしらすとわかめがラーメンの上に大量に盛られる。
「しらすラーメン」では、僕が小さい頃、餃子もメニューに入っていた。餃子を用意するのは母の担当だった。
餃子がメニューから消えたのは、母が入院してからだ。
母は末期のガンだった。
母が入院したのは、僕が小学校5年生になった時だった。
僕はまだ状況を受け入れるには幼すぎて、自分の努力次第で奇跡は起きるんじゃないかと根拠なく信じていた。
願掛けのように母が治るまではと、コーラ断ちをしたし、アホなほど店の掃除もしたし、勉強もした。
神様はいなくても、その数年前に亡くなった母型の祖父が、絶対に母を助けてくれると信じていた。
しかし僕の努力とは裏腹に、母は日増しに悪くなっていくのが目に見えてわかった。
見舞いに行くと、母は「樹たちの為にがんばるからね」と言っていたが、母の変わり果てた姿をみるたび、容態が段々悪くなっているのは僕でもわかった。
僕は自分の不可抗力を毎日嘆き、悲しくて、悔しくて、仕方がなかった。
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