輝く海

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彼の様子をうかがおうと私は野暮用を作って彼のいる上の階に出向いた。階段を踏みしめる足に力が入らない。オフィスに入ると彼は会議で席を外していた。 彼のとなりの課の課長に書類を手渡す。そして目に入ったもの……デスクの上のお菓子。葉山御用邸御用達のクッキー、外箱にはそう印刷されていた。ふたを開けて個包装されたそれをひとつつまみ、課長は私に手渡した。別に食べたくて見ていたわけじゃないと言い訳したけど、となりの須田課長からのお土産なんだけど俺は甘いものが苦手ででね、と私の手のひらに押し込んだ。無下に断るのもおかしいと思い、私は平静を装ってそれを受けとった。カサリと音を立てる小袋に私は自分の手が震えてることに気付いた。 ふたりできっと出かけたのだ。しかも私と約束していた海に。憧れの葉山トートも買って。 どうして……どうして? そんな言葉だけが頭の中を渦巻いている。階段を踏みしめる足に力が入らない。クラクラとする頭の中、揺れる視界。段を踏み外しそうになって慌てて手すりにつかまった。 私は仕事に集中できなかった。そしてその日、私は以前に送り先を間違えた取引先の見積書を別の会社に送ってしまった。今回ばかりは見逃してもらえなかった。温厚だと有名な課長にみんなの目の前で叱られた。
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