70人が本棚に入れています
本棚に追加
1週おきになった食事デートも8月に入ってからはおあずけだった。まもなく旧盆の夏季休暇に入る。克己に予定を尋ねるメールをしたけど、実家に帰省するから、という短い返事だった。去年はふたりで蓼科高原に1泊した。山間のリゾートホテルのプールは水も冷たく、来年は海にしようと約束していたのに。私は画面が暗くなってもしばらくそれを見つめていた。暗いものを見ていると気持ちもさらに暗くなる。
もしかしたら克己はサプライズを考えているのかもしれない。予め実家のご両親にカミングアウトしてから私を紹介するつもりでいるとか、わざと会う回数を減らしてもったい付けているとか。そこまで楽観視しなくとも付き合いはじめて3年目なら中だるみもあっていい。車だってアクセルには遊びの部分がある。加速するためにはその遊びを踏み越えなくてはいけないし。きっといまはその時期なのだ。
夏季休暇を終えて出勤する。同じビルの中にいる克己の存在を想う。毎日同じビルに通い、同じビルの中で息をしている。彼が遠いどこかに行ってしまったわけじゃない。そう思いながらオフィスに入る。私は彼女の姿を見つけて呆然とした。
色白の彼女の肌は焼けていた。いつもは後ろに束ねている髪も今日は珍しく下している。そして手にはあの白いトートをぶら下げていた。葉山トートだ。私はすぐさま彼女に駆け寄り、それどうしたの、と尋ねた。「葉山に出かけて、そこで」
そう答える彼女の頬は日焼けしたての赤い皮膚になった。海岸沿いのホテルに2泊滞在し、そのホテルで記念にと購入した、と。ひとりで?と尋ねると彼女は首を横に振った。彼氏と?と尋ねると今度は縦に振った。彼氏……恋人がいたのならそれでいい。そう納得する一方で私の心臓は高鳴った。まさか、違う。そんなことはあり得ない。そう頭では言葉を繰り返しているのに、どうしても浮つく皮膚を押さえることはできなかった。
最初のコメントを投稿しよう!