サウンドレスブルー

音のない青

「あ～～～！！！今から超緊張してきた…！！！失敗したらやべえしプロへの道が遠くなる…」

短く跳ね上がった髪を掻きむしりながら海が小声で僕に話し掛ける。
本当は大きな声で話したいんだろうけど、生憎ここは飛行機の中だがら、そうはいかない。

彼が緊張しているのが纏っている雰囲気からひしひしと感じられて、僕の方が冷や汗をかいてきてしまった。
僕は、海がここまで緊張しているのを見たことがない。もしかすると、緊張を表に出していなかっただけなのかもしれないけれど、今回の張り詰め方は異様に感じられた。今回の大会は彼にとって特別で、ここで優秀な成績をあげることが出来ればプロへの道開けてくる。彼がサーフィンに賭ける思いが特別だからこそ、失敗することは許されないのだと、そう思っているのだろう。

「大丈夫だって。今日の為にどれだけ練習してきたと思ってるの？限界まで頑張ったんだから、絶対に平気だよ」

海が今日という大会の為に身を粉にして努力をしてきたことは、僕が誰よりも知っている。恐らく、海のお母さんよりも熟知していると思う。
思うように上達することが出来ずに涙をぼろぼろ流したことも、泣きながら僕に電話をしてきたことも。
普段の彼は如何にも頼り甲斐のある皆のムードメーカで、弱みを外に晒したりしない。僕は彼が泣くのを見たことがなかったし、弱音を吐くのも聞いたことがなかった。
つい先日に、苦しげに涙を流しながら電話をしてくるまでは。

急いで海の自宅に駆けつけた僕は、薄暗い部屋で独りなきじゃくる彼と遭遇した訳なんだけれど。
本当に驚いた。彼が僕に晒した不安に、弱さに。

「大丈夫だから。…ね？」

気の利いた台詞の一つも出て来やしない自分自身に、無性に腹が立って仕方がなかった。

「海が頑張ってるの、ちゃんと分かってるからね」とか、「心配する必要なんてないよ」とか、喉元まで出かかった言葉は幾つかあった。
けれど、僕はそれらの言葉を紡ぐのをやめた。
そんな安っぽい気休めの言葉は、海に対して失礼だと感じたから。確証性に富んだ言葉を見つけられないのなら、仮初めの気持ちを伝えるくらいなら、何も述べずに彼の側にいた方がいい。

ぽんぽん、と優しく丁寧に海彼の背中を叩きながら、僕は複雑な気持ちをしまい込む。海に不安を感じさせまいと、彼に微笑みかける。そして「分かってるよ」と小さく囁いた。