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「もし今回の大会が駄目だったとしてもプロになれないって決まった訳じゃないし、そんなに気負う必要ないよ」
飛行機の小さな窓から覗く綿菓子のような真っ白な雲は、真夏の太陽に照らされて嬉しそうに空を彩っている。澄み渡る青空に蔓延る純白の入道雲は、絵の具で彩色したかのような色合いだった。
「心配なもんは心配なんだよ~~もし翡翠がいなかったら、発狂してたかもな。ほら、触ってみてよ?俺の心臓のバクバクやばくない?」
海は僕の手首を掴むと、自身の胸に僕の掌を近付ける。突然の行動に驚いたけれど、それよりも僕は彼の心拍数の激しさに驚きを隠せない。
…そうだ、お守り。海に渡さなきゃ。
鞄に隠し持ったままのお守りを今こそ渡さなくては、と僕は汗ばんだ左手をギュッと握り締めた。
大会で怪我をしないように、海の努力が報われるようにと願いを込めてお守りを買っておいたのだ。それなのに渡すタイミングを図りかねてしまって、結局遠征の日になってしまった。
海のイメージにぴったりな青色のお守りは、リュックのポケットにしまわれたままだ。
「…あのね、海、」
「渡したいものがあるんだ」と続けようとした途端、ガタン、という凄まじい衝撃が体を襲った。あまりの衝撃に、自分が一体どこに存在しているのかが一瞬理解出来なくなる。そして、上方から下方へと振り落とされたことによって、頭を座席にぶつけそうになった。
重力の低下によって不快な浮遊感が襲ってきて、思わず僕は海の両手を強く握り締める。
……一体何が起きてるの?
怖い、怖いよ…!
「…な、に?……えっ、え?」
パニックに陥る乗客達の悲鳴と、信じがたいスピードで急降下していく大きな機体。「頭を下げて!」と叫ぶ乗務員の切実な声が、耳を掠めていく。
どす黒い恐怖の感情だけが、心に生まれ僕を支配する。
「…なに、が起きてるの?…ねえ、怖いよ…!」
「落ち着け翡翠…!大丈夫だから、大丈夫だ」
つい先程までは僕が海を慰めていたというのに、一瞬にして立場が逆転してしまった。とにかく怖くて恐ろしくて、一刻も早くこの空間から逃げ出したくて、僕は海に抱きついた。
「ーこわい、よ」
窓から最後に見えたのは、迫り来る真っ青な夏の海。
憎いことに僕等が振り落とされた空も、投げ出された海も、両方鮮やかな青だった。
海が愛する色だった。
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