51人が本棚に入れています
本棚に追加
意識が現実世界から消えていくのが分かった。
何か熱い塊ーーー真っ赤な物体が左腕を掠めて、腕だけではなく身体中にとてつもなく激しい痛みが走る。意識を保とうと必死に瞳を開くと、美しいコバルトブルーの空が視界に入ってきた。「悠長にしてないで助けてよ」と言いたくなる程、呑気に構えている空が憎らしくて堪らない気持ちに陥った。
「海!…海…!」
体から重力が完全に消え去って、海が僕から遠い所に行ってしまう。…それは、遠くて遠くて、絶対に手の届かない世界。
とにかく、怖かった。助けてほしかった。
海と離れなくない。……一人は、いやだ。一人は、怖いよ。
「翡翠……。ーーーーー。」
これが僕が聞いた海の最後の言葉。悲鳴と爆発音に掻き消されて、微かな音、僕の名前しか聞き取ることができなかった。彼が一体、何を言ったのか。それは僕にとってどんな意味があったのか…。謎が明かされることは永遠にない。
僕は死にもの狂いで海の体にしがみ付いた。
死んでもいいから、僕から海を取らないで…!それだけはお願いだから、なんだってするから、…ねえ、頼むから。
二人共助からないのならば、一緒に死なせて。僕だけが助かるくらいなら、僕の命を他人にあげる。
二人一緒じゃなきゃ、意味ないんだよ。
体が千切れて、四方八方に切り裂かれるかのような感覚に陥った。
五感が完全に壊れてしまって、自分がどこにいるのかが全く分からない。もしかしたら、僕はどこにも存在しないのかもしれない。
海の節ばった指が僕の指と絡み合う。
男性的で逞しいそれを、絶対に離してはならないと思った。離してしまったら、二度と海と会えなくなる予感がした。
……海、行かないで…!
…お願い、離れないで、離さないで。
神様…僕らを見捨てないで…っ、悪いことなんて、何一つしてないでしょ?
「海……っ…!」
彼の指がするりと僕の指の間を滑り抜ける。
消えゆく意識の中、目の渕からポツリと涙が落ちる感覚がした。
……落ちる。
真っ逆さまになって、現実世界から彼方の世界へと急降下する。
暖かくて幸せだった日々が、壊れてめちゃくちゃにされる。
最初のコメントを投稿しよう!