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桜色の花びらは春の訪れを知らせてくれる。
ふわりと舞うピンク色がひらひらと風に煽られては地面に落ちていくのを見やりながら、僕は「春がまたやって来た」と思う。
今年は桜の開花が遅かったせいでまだ三分咲き程度だけれど、もう一週間もしたら満開の美しい桜が街中を彩ることだろう。
『……綺麗』
この景色が素晴らしいものだということは、勿論理解できる。空の色と対照的な桃色が立派な桜並木を作り上げていて、道行く人々の視線を次々と集めているのだから。
けれど、そんな美しさを純粋に美しいと感じられないことも、また事実で。そんな自分に虚しさを感じてしまう。
体に馴染まない新品のスーツに身を包んだ僕は、「窮屈だなあ」と思いながらガヤガヤと騒がしい校門を潜り抜けた。
…う、わ…凄い人……
まさに黒山の人だかり。
門を入ってすぐに現れた一直線の大きな道に沿ってロープが長々と張り巡らされていて、恐らく上級生であろう人達が大声を張り上げている。
「あっ、そこの君!テニスサークルに興味ない?」
「アニメ同好会なんですけど…」
「写真サークルはどうですか?」
ロープで作られた道を避けようと右方向へとずれて歩いていたのに、スーツを着ているせいなのか、びっくりする勢いでサークル勧誘の嵐がこちらにやって来た。
喋れない僕は表情で感情を伝えるか、首を振って意思を表示することしか出来ない。もし、無言のまま無視をしたら、感じの悪い奴だと目を付けられそうで恐ろしい。
メモ帳に記すか携帯に文字を打つという手もあるが、時間がかかる上に視線が突き刺さる。「お前、何やってるの?」というような視線が。
声が出ないということは酷く虚しく、寂しく、苦しい。
頭を小さく下げ続けながらやっとのことで勧誘を振り切ると、僕は小さなため息をついた。
僕以外の人には有彩色に見えているであろう桜が、僕の瞳には色彩を欠いた無彩色に映って見える。
……もし、海も一緒だったなら…?
叶わぬ願いを無理やり胸の奥底にしまい込むと、涙が零れないように掌をぎゅっと握り締めた。
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