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ー何か、言わなくちゃ…。どうしよう、怖い…。
「一年の癖に調子乗ってんじゃねーの?気弱そうな顔して無視しやがって。マジうぜーわ」
もう一人の男が笑いながら「やめろよー。怯えて泣いちゃうかもしれねーじゃん」と茶髪男の肩を叩きながら言うのが目に入った。
「これで泣いたら俺らがサイテーな先輩みたいじゃねーかー」
ギャハハハ、と大声で笑う声が聞こえる。
……離して、近づかないで、僕に構わないで…早く何処かへ行って。
こんな時「声が聞こえ出せたならばどんなに良かっただろう?」と強く感じる。実際問題、話せた所ではっきりと言い返せるような度胸なんて持ち合わせてはいないけど、話せないよりはずっといい。小さくて聞き取れないような「嫌です」だって、言わないよりはずっとましだ。
「………ねえ、嫌がってるよ」
肩がビクン、とはねる。
背後から突然聞こえてきたその声に、僕は動揺してしまう。
…透明な声だ、と僕は思った。声優の仕事をしていても聞いたことのない凛と透き通った…、いや、違う。何の色にも染まらない無色透明な、そんな声……。
左方向から聞こえてきた透明な声に導かれるようにして、僕は視線をそちら側に向けた。決して大きな声ではなかったのに、耳に残って永遠に忘れない不思議な力を兼ね備えていた。
「騒ぎになる前に、さっさとやめたら?上級生が新入生を虐めてるってさ」
視界に飛び込んできたのは、誰よりも人目を引く個性的な男性の姿。今まで出来ったことのない、これからも出会うことのない、自分だけの色を持った美しい人間の姿だった。
今考えると、僕が上級生に絡まれることがなければ彼と出会うこともなかったのだろうな、と思う。
……これはきっと、運命だったんだ。
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