サウンドレスブルー

音のない青

「翡翠が主題歌歌ってるアニメ見たよ！」

開口一番に息急き切ってそう言われ、僕は恥ずかしくなった。顔が一瞬にして赤くなり、更に恥ずかしさがせり上がる。
海の髪は寝起きのままでボサボサだし、制服のボタンは所々閉まっていない。入学式だというのに、あまりに酷すぎる恰好だと思う。

「…ありがと。…それより、海。制服をちゃんと着た方がいいんじゃないかな？頭は跳ねてるし、ボタンは外れてるし」

「あれ？うわ、マジだっ。遅刻するかと思って急いでたから全然気がつかなかったわー。ごめんごめん！」

いつも通り眩しくて明るい海は、心地良い波を彷彿とさせる。体を優しく取り囲んで、澄み渡る青の桃源郷に連れて行ってくれるような、そんな波を。

「ネクタイってどうやって結ぶんだっけ？やべ、分かんない。翡翠さん、ヘルプ！」

「すみませんね～」と言いながら、海がブレザーのポケットからネクタイを取り出した。
赤と青の格子模様のネクタイは新品で、汚れ一つとして存在しない。僕達は新入生だから、当たり前のことなのだけど。

「ネクタイも結べないなんて、これから先どうするの？これじゃまるで、僕が海のお母さんみたいだよ」

「いいじゃん。俺的には翡翠がお母さんであって欲しい……なんてな」

僕より頭一つ程身長の高い海のネクタイを結びながら、視線を上方へとずらしてゆく。
幼稚園の頃からの幼なじみである僕達は、小学校低学年までは同じくらいの身長だったのに、今ではこの通りになっていた。
一体いつの間に海はこんなに大きくなったんだろう…？確かに僕は同年代の中では小柄な方だけど、海にどんどん追い抜かれていってしまうようで時折悲しい気持ちに陥るのだ。

「できたよ。うん、完璧」

歪みなく綺麗な結び目を確認した僕は、満足げに呟いた。

「まじサンキュー！やっぱり俺には翡翠がいないと駄目だな」

僕の肩をぽんぽんと優しく叩きながら、海はにっこりと微笑んだ。こんがりと日焼けした健康的な皮膚が視界に入り、「ああ、これが海なんだよね」という単純明快な事実に僕は嬉しくなる。
海の瞳に映るマリンブルーの波は、いつまでも彼を幸せに包まれた世界に連れて行ってくれるだろうと。

そして僕は、彼を一番近くで支える存在でありたいと切に思う。

「…行こっか」

天使の声を響かせながら、僕は静かに微笑んだ。