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誰もがその闖入者の事を知らず、戸惑っていた。しかしそこでただ一人、歓喜に身を打ち震えさせていたのは、突き飛ばされた係員である。
「そ、その赤いスーツ!まさか君は!」
「おいおいおいおい…なんか変なの来ちゃったよぉ~。しかもジドリアンってなんの事かねぇ」
すると、若い男は挑発するようにその赤いヒーローへと接近していく。その際男は桜から手を離し、桜は花の重さでゆさりと揺れて元に戻った。
「もう桜はいいや。それよりも面白い奴がいたって…SNSに投稿してやらないとな!」
そして男は自撮り棒からスマートフォンを取り外すと、そのカメラをヒーローに向けた。誰もがそのまま写真に収められると思った、その刹那であった。
「…え…?」
その写真に写ったのは、ただの赤い影と桜だけだった。赤い光だけを残して、ヒーローは消えてしまったのである。
「ど、どこ行きやがった!?」
「のろい」
そして、男の耳元で先ほど聞いた声が聞こえたかと思った瞬間、手に激しい震動と衝撃が走った。何事かと思いそこへ目を向けてみると、先程まで手に握っていたはずの自撮り棒の先端が、ヒーローの踵落としで地面にめり込み、限界までしなっていた。
「て、てめぇ!何しやが…!」
「問答無用!キャオラッ!!」
刹那、美しさすら感じるフォームでヒーローの蹴り上げが自撮り棒に炸裂。限界まで湾曲していた自撮り棒は耐久度の限界を迎え、空中に舞い上がりながら真っ二つにへし折れた。若い男は自分の自撮り棒が破壊された様を茫然と見上げると、そのまま白目を剥いて倒れ込んでしまった。
一つ息を整えるヒーローに、係員が駆け寄る。そして白いグローブと握手を交わし、歓喜の涙を流しながら言葉を連ねる。
「お、おお…!ついにこの観光地にも来てくれたのか!観光庁が巨額を投じ開発したと言われる、自撮り棒を破壊する事のみに特化したパワードスーツ!そしてそれを着こなす適合者(ヒーロー)が!」
「それが俺の仕事だからな。自撮りのフラッシュが炊かれる限り、どこへだって駆けつけるさ」
気障に言い放つヒーローの名を、係員の男は声高に叫んだ。
「待ちかねたよ!観光地の平和をジドリアンの魔の手から守る我らがヒーロー、
『自撮り棒折るマン』!!」
ださいにも程がある名前のヒーローを祝福するように、再び風と共に桜が舞い、観光客からも拍手が寄せられた。
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