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カシャン、という軽い音を立てて、桜花散る芝生の上にひしゃげるようにねじ切れた鉄の棒が転がった。そして一拍遅れてから、カジュアルスーツに身を包んだ茶髪の男もその横に倒れ込む。それを見下ろすは観光地に新たに爆誕した血塗れのヒーロー、自撮り棒折るマン。不倶戴天の仇敵・二刀流のムサシを打ち滅ぼした歓喜の瞬間とは似つかわしくない桜の花が、二人の間を風に乗って流れていく。
「く…くく」
だが、そんな静寂を破ったのは虫の息のムサシだった。震える手でスマホを握り、空へと掲げる。
「ジドリアンは…スマホある限り…無限に増殖し続けると言っても過言じゃない…。俺より強い奴もまだまだいるぜ…。自撮り棒折るマンよ…お前はそんな終わりなき戦いに身を投じる覚悟ってもんが、あるのかよ…?」
「ある」
自撮り棒折るマンは、口元の血を白い手袋で拭いながら毅然と言い放つ。
「そのために開発されたこのパワードスーツだ。ジドリアンが観光地に現れ、善良なる観光客や観光課が助けを求める限り…俺は永遠に戦い続けるつもりだ」
「…テメー…やっぱり…度し難い、バカだ…ぜ…」
パチッ。そんな気の抜けたシャッター音が響いたと同時に、ムサシはどこか晴れやかさすら感じる表情で事切れた。それを見届けた自撮り棒折るマンは、頭上に広がる青い空を見上げて一人ごちる。
「…自分の遺影まで自撮りとは…貴様も十分度し難い自撮りバカだよ」
さらば、二刀流のムサシ。せめてへし折った桜を墓標に、逝け――。そんな弔いの言葉を心中に呟きながら、自撮り棒折るマンは歓喜に沸き立つ群衆に背中を向けた。
「ま、待ってくれ、自撮り棒折るマン!」
「ああ、あの男なら気にするな。俺が壊せるのは自撮り棒だけ…。そいつはショックで気絶しただけでダメージはない。明日からきっと、自撮りとは無縁の生活を送るだろう」
「そうじゃない!この素晴らしい桜を堪能せずに帰ってしまうというのかね!?」
管理人の男に悲しそうに詰め寄られる自撮り棒折るマンだったが、それでもクールに踵を返し背中を向けた。
「俺はジドリアンの魔の棒より観光地を守る使命を課せられたヒーローだ。こうしてる間にもジドリアンは無秩序な自撮りを続けている…。桜なら十分、この身を押し潰すくらい体感したさ」
その言葉に哀愁と同情を禁じ得ない者は多く、群衆で不意に涙をこぼす人々が散見された。
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