0人が本棚に入れています
本棚に追加
「イーヤーーーぁあんっ!!」
2LDKの部屋にけたたましく響き渡る甲高い悲痛の叫び。
21:05。
それは、25歳・社会人3年目の青年が聞いた、第一声。
彼の脳裏と視界が揺らいだのは果たして、耳を突き刺す高音と、外から打ち付ける激しい強風の振動の、一体どちらだったのだろう。
「ケイ!ケーイっ、頼んだ物持ってきて!」
名前を呼ばれた青年は、考える間もなく家の中へ踏み込み声のする方へ。
玄関を入ってすぐ右の部屋。そこは、今にも生まれそうなほど大きく張ったお腹の姉と、その姉から歯ブラシを口に突っ込まれている小さな男の子の取っ組み合い現場だった。
「早くよこして!」
姉の催促に慌てて手に持っていた薬局のビニール袋から、真っ赤な子ども用の歯ブラシを開封して手渡した。
「くう!ほら見なさいっ、真っ赤な歯ブラシよ!」
すると男の子の口に突っ込まれていた歯ブラシが、勢い任せに青年に向かって投げつけられた。
「ひぃっ!」
「物は投げちゃいけません!」
「ママーぁ!おにーぃ!だまされないんだからーぁ!」
「なぁに言ってんのっ、ママが鬼ならくうは小鬼!間違いなくこれは真っ赤な歯ブラシよ?」
「それ違うもーん!けーきゅーじゃないもーんっ」
「でもあれは、くうがトイレにボチャンしたんでしょ?もう使えませんっ」
「へいきだもんーっ、つかえますーう」
これは一体何事か…?
ただひとつわかること。そんなに暴れたら…
「姉さん…お腹、お腹危ない…」
その瞬間、騒がしかった一室がピタリと静まり返った。
力の限りに迫りくる歯ブラシを押し返していた男の子と、バッチリ目が合った。
まん丸の瞳が放つ「誰だコイツ」の眼差しがイタイ…。
最初のコメントを投稿しよう!