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「まあ、現在彼との距離が三メートル未満だとしてもオーレリオさまはセレブよ。一介の大学生であるあたしたちにチャンスなんてあるわけないわね」 「うん……」  わかっていたことだが、その現実を改めて言葉にされると、胸にちくっと針が刺さった。  夢想でもいい、彼の逞しい両腕に抱かれることを切望してしまう。情熱的な言葉を囁いて欲しい。骨ばった熱い手で触れて欲しい。  これまでになんとなく付き合ってなんとなく別れた過去の彼氏などとは比べ物にならないほど強く、惹かれるものを感じる。  好きな俳優やテレビやライブで観る歌手とは違う。近距離でその魅力に当てられたのが間違いだっただろうか。別世界の住人だと割り切って楽しめる通常の有名人とは違って、立体的な圧力があった。 「みなさん今夜はありがとうございます」  オーレリオがマイクに息を吹きつける。話す時は低めのハスキーボイスだ。歌っている時とはまた違った感じで耳朶をくすぐる。  ちひろはもうそれだけで呼吸困難になった。好きすぎて息ができない、なんてことが本当にあるとは思わなかった。重症だ。二十年の人生で初めての一目惚れだ。  周りの客は、口々に「アンコール!」と叫んでいる。  もっと歌って欲しい。でもある意味、怖かった。これ以上ここに居たら、自分を見失ってしまいそうだ――。 「では最後に聴いてください。タイトルは、『愛に溺れさせて』です」  きれいな発音の日本語で彼はそう告げた。  ――ポロン、ポロン  まだちひろの心の準備が十分にできていない段階で、曲は始まった。  歌詞の意味はやはりわからない。だがそれでも、美声に酔いしれるのに変わりはない。 (どうしよう、私、私……)  サビに入って盛り上がりが増す。  その瞬間、オーレリオの視線が手元から離れた。  目が合った。  漆黒の双眸が、見る者の心を喰らいそうに美しい。  ちひろは口元を両手で覆って静かに泣いた。 (溺れた)  これは運命の恋に、他ならない。  ――誰にも覆せない確信が、全身を締め付けた。  * 『ちょっとあんた聞いてる? 平日なのにコンサートとか行っちゃって! ちゃんと単位取れてる? 誰が学費払ってると思ってるのよ』 「わーかってるって、お母さん。課題も試験も問題なくこなしてるし、単位取れるよ」
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