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『それならいーけど。いい? お願いだから、変な男にだけは引っかからないでね。お姉ちゃんはそれで人生狂わされたんだわ。デキ婚だかヒモだか、ろくでもないことになっちゃって』 「大丈夫。私はそんなヘマしないよ。これでも男を見る目は厳しーんだから」 『信用ならないわ! 都会の大学に行かせたのはいいけど、やっぱり心配で』 「もう、今更やめてよ。切るよ」 『ちひろ! 話はまだ終わってない――』  構わずに通話を強制終了させた。母が心配性なのはいつものことだ。 (これだから末っ子は嫌なんだ。構いすぎなんだよ。ほっといて欲しいわ)  携帯をポケットに仕舞ってため息をついた。  母の忠告よりも、この片思いをどう育んで行こうか、そのことに思いを馳せよう。 「へえ。あなた、チヒロって言うの」 「いっ!?」  不意をつかれた。  扉が開く音なんてしなかったのに。いつの間にか、あんなにも見惚れていた顔がすぐ近くにあった。 「電話から聴こえたわよ。あの感じだと、あなたのママの声かしら。チヒロ?」 「は、はい。ちひろです。貝塚ちひろです」  蜂蜜のようなハスキーボイスが耳にかかる。顔が火照った。立ち止まっているのに目が回る。 「アタシを待ってたのネ。女の子一人で夜の駐車場、暗くて怖かったでしょ」 「う……待ち伏せなんてしてすみません。怒ってますか」 「いいえー? かわいいじゃない」  髪を一房すくいとられた。薄く形のいい唇に触れそうになっているのを見て、いよいよ眩暈がした。  これはいけない。何か喋って気を紛らわそう。 「あ、あの、オーレリオさまって……」  どうしてオネエ言葉なの? とは訊けない。ちひろが言いよどんでいると、彼が察して答えてくれた。 「誤解しないで。両性愛者(バイセクシャル)ヨ、アタシ。日本語には男言葉と女言葉って分類があっていいわ。コッチの方が好き」  言葉遣いはさておき、雄のフェロモン――正確にはほんのり汗とタバコが交じったコロンの香り――がむんむんと伝わってくる。失礼だとは思いながらもそう形容するのが最適に思えた。  それでいてこの物腰の柔らかさには、親しみを抱いてしまう。警戒心なんて地平線の向こうだ。 「チヒロ。今度の週末、ヒマかしら」 「ひ、ヒマです。何一つやることがありません」
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