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本当は月曜の小テストに向けて勉強すべきだが、完全にそのことは忘れている。名を呼ばれただけでこの人に人生を委ねたくなるのは何故だろう。
(何のお誘い? 次のライブかな)
ファンサービスでチケットを無料配布しているとかだろうか。期待がこみ上げてきた。
「じゃあ、ドミニカ共和国って知ってる?」
「――え」
突拍子の無い質問が飛び出る。ちひろは唖然とした。
「プライベートで行くのだけど、チヒロも来てくれると嬉しいな。せっかく逢えたのだもの」
「で、でも」
「旅費は全部アタシが持つわ。あなたは隣で楽しんでいればそれでいいの」
唇の熱が耳を掠めた。思考が数秒の間停止する。
気が付けば見詰め合う恋人同士のような体勢だ。チカチカと点滅する電灯からふいに後光が射し、オーレリオの高い頬骨やスラッとした鼻筋に影をかけた。切れ長の目は優しげに細められている。
「ほ……本当に私めなどでよろしいので……?」
「もちろん。来てくれるのネ、よかった」
約束、と彼は更に顔を近付けて呟いた。黒い巻き毛がちひろの額にかかる。
吐息が唇を撫でた。
それも全て一瞬のことで、我に返った頃にはちひろは一人駐車場に取り残されていた。
まるで口付けされたかのような温もりが後を引く。
(なにこの急展開! 運命!?)
夢だろうか。それに、どうやって連絡を取ればいいのかを聞いていない。
(からかわれただけか……)
何も考えずに携帯を取り出したら、そこにはメールの着信があった。
(うそ! いつのまに! どうやって!)
夢ではなかった。足が地についていないようなふわっとした気持ちになる。
ここまでうまく行くなんてありえない、という考えが一瞬脳裏を過ぎったが――逆にこれだけすごい展開になるのはやはり運命の恋だからだ!
という、幸せな妄想の方が圧倒的に勝った。
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