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鶴岡光一は、ある印刷会社の工場で工員として働いている。
仕事内容は、印刷輪転機の稼動、インクの調合、型抜き、紙の裁断など多岐に渡る。
この工場で働き始めて既に二年近い月日が流れていた。
元々、彼はあまり器用な人間ではないが、それでも最近は何とかかんとか工場の仕事にも慣れてきていた。
実は、鶴岡には別口で収入が有るには有る。
しかし、そちらは不定期で金額もその時々でバラツキが有る為、鶴岡はそれとは別に印刷工場で働いていたのであった。
さて。
今日も、彼は額に汗しながら工場内で印刷輪転機を回していた。
と、
「よ、鶴岡!お疲れ!」
不意に後ろから声をかけられたので、彼がそちらを振り向くと快活そうな背広姿の青年が笑顔で立っていた。
「あ、お疲れっす!木島さん!」
鶴岡も笑顔でペコッと頭を下げた。
木島は、鶴岡が働く印刷会社の営業マンだ。
実は、彼は元々は営業マンではなく鶴岡と同様に工場で働く工員で、鶴岡の先輩であった。
情に厚く面倒見も良い先輩で鶴岡も木島の事を尊敬し、慕っていた。
木島は、なかなかに仕事に対して情熱溢れる人物で…ある時、
「自分達が丹精込めて印刷した商品を是非とも自分で売り込みたい」
と、工場の工員から営業部への転属を願い出た。
そして、それは受け入れられ…かくして、木島は現在、営業マンとして活躍中なのである。
よく、お客の窓口になっている営業の人間と工場の人間が商品の納期などをめぐって軽い対立をする構図はよく有るが、
鶴岡と木島に限っては、そんな事態になる事は皆無に等しかった。
例えば…
ある印刷物の納期が間に合いそうにない時…
木島なら
「あ、これ型抜きとか有るし結構面倒な作業だから、正直、納期キビシイだろうなと思ってたんだよ。分かった。そういう事なら俺からお客さんに話しとくよ」
と、言ってくれる。
しかし、またある時は…
「おい!この程度の刷り物、俺が工員の時なら三時間も有れば出来てたぞ!」
と、逆に叱られる時も有る。
とにかく、印刷の事なら隅から隅まで知り抜いている先輩なのだ。
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