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「敬はこのこと?」
「あの人は知りません」
僕がそう言うと
不安げな表情が少しだけ和らいだ。
「あなたの書いた本を褒めてた」
「え?」
「処女作――彼に読ませたでしょう?ありえないぐらいロマンティックで素晴らしかったって」
瞬きを忘れ
頬が赤らむ。
「だからあなたにキスしたと――」
きっと九条敬は彼の中で
永遠に純粋なシンボルなのだ。
「安心して。彼に何も言うつもりはありません。思い出は美しくが僕の信条だから」
僕の原稿にコーヒーが浸みてゆく様を
虚ろな瞳で眺めながら。
「まいったな」
先生は自嘲気に笑った。
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