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変わったものと、変わらないもの。
どちらも満遍なく散りばめられていて、私の夏を錯覚させる。
「ね、君にも忘れたくないことってあるのかな」
変な質問だ。
けれど彼は律儀に少し考え込んだ。
「うーん…それは忘れられない、の間違いでは?」
「そうなのかな」
「そうですよ」
あっさりとした言い方。
彼は私を励ますために此処に連れてきたのだろうか。
「先輩も、意外と女の子っぽいところありますよね」
くすりと笑い声を漏らす彼。
「…どういう意味よ」
困惑と、疑問と、羞恥が入り交じる。気温が僅かに上昇した気さえした。
「どういう意味でもないですけどね。誰にだって忘れられないことの一つや二つありますよ。でも先輩は…」
夏は魔法の季節だと思う。
何もかもが暑さに霞んで、脳が勝手に記憶の景色を広げてしまう、魔法の季節。
「忘れたいと思っているけど、本当は忘れたくないから忘れられないんですよね」
横浜には高い建物が多い。けれど海に面して立っている私たちに、日陰を恵んでくれる建物は無かった。
「別に、そんなことないけれど」
精一杯の去勢。
もう少し時間がかかると自分でも分かっていた。気持ちの整理をつけるなんていうのは言葉にするよりずっと難しくて、こんな複雑なものを自力でどうにかできる気なんて全くしなかった。
そう、解決方法なんて時間しかないんだ。
未来がどんどん過去になって、過去がどんどん積み重なって、いつかこの記憶が古惚けてしまうまで…きっと何も変わらない。
「先輩、『不定積分』って覚えていますか?」
彼は急に新しい話題を投げて来た。私は無意識のうちに埃を被った知識を探る。
「…数IIIでやったやつでしょ。細かい事は覚えてないけど、積分の範囲が無いやつよね」
後輩からの勉強に関するクイズに答えられてほっとする自分が居た。別に今となってはそんなこと気にする必要なんて無いのだけれど。
「確かそんなのですよね。でも実際問題出されたら解けなくないですか?少なくとも僕は解けないです。ふふ…ちょっと面白いですよね。あんなに勉強してたのに」
彼が何を言わんとしているのかわかった気がした。
空が青い。手が届きそうだった。
私は質問の返事をするか迷って、やめた。
「忘れるとか忘れないとか…そんなことをそもそも気にしていなかったら、そんな記憶はすぐに忘れている。そういうこと?」
分かりきった話だった。
どんな事だってそうだ。
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