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「いつ見ても壮観じゃのぅ、工高の鯉のぼり」
隆がうっとりと呟く。俺もウキウキを抑えられずに応える。
「おう。実はワシ、子供の頃からこれが憧れで、絶対工高行くって決めちょったんちゃ。
ウチ、団地じゃけぇ、鯉のぼり揚げられんじゃろ?」
「毎年ウチで一緒に揚げちょるじゃん」
「そりゃそうなんじゃけど。あ、今年もよろしく。今日持ってきちょるんちゃ、そう言や」
俺は、今朝母親に持たされた鯉のぼりを思い出し、カバンを叩いた。
俺と隆は、俺が幼稚園の時にこの町に引っ越して来て以来の、家族ぐるみの付き合いだ。
俺の両親は共働きで帰宅が遅く、
一人っ子の俺は小学生の頃から、近所にある隆の家に入り浸りだった。
町工場を自営する隆の家には、気の良い職人さん達がいて、小気味良い作業音が響いていた。
工場の隅で作業を眺めるだけで面白かったし、
仲良くなった職人さんに手伝いと称してイタズラして、
隆の歳の離れた姉ちゃんに怒られたりしながら、
隆と兄弟みたいに過ごした。
この町に越して来てからは団地住まいで、我が家にある鯉のぼりは出番なしだったのだが、
それを知った隆の母親が、俺んちの一匹を、隆の家の鯉のぼりと一緒に揚げてくれるようになったんだ。
「よーし、じゃあ林との親交を深めるんは、ワシんちにせんか?
林、家はどこなんか、遠いん?」
隆の問いに林が答える。
「戸畠じゃけど」
「おお、豊海のひとつ先じゃん、豊海で途中下車途中下車、問題なーし!」
定期を使ったひと駅の電車通学は、
いかにも高校生、って感じで、混んでいても苦にならない。
まだ4月、高校生活は始まったばかりで、俺達は電車通学を物珍しく楽しんでいた。
はずなのに。
林……本当にしゃべらない奴だなお前!!
ちっとは話題はないのか、話題は!
如才ない隆が、林に話を振る。
「鯉のぼりと言やぁ、今日のホームルームで担任の熊本先生が言いよったぃのぅ、鯉のぼりの不用品を集める話」
「うん」
……うん、って、それだけかい!
仕方なく俺が引き継ぐ。
「ああ、ウチのクラスでも聞いた。地域おこしへの協力、っちゅう話じゃろ?」
「工高の鯉のぼりも消耗品なんじゃけ、地域おこしに寄付するより、学校のほうに寄付してもらえばええのにのぅ」
黙りこくっていた林が、初めて口を開いた。
「……水の中を泳ぐ鯉のぼりも、見てみたいけどのぅ、ワシ」
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