1  プロローグ

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 引っ越してから半年、まだ神奈川の生活には慣れていない。東京で生まれ育った自分にとって、県境1つまたぐだけでここまで違うのかという発見の連続だ。  母親も「流行の波が遅い」とか言っていたし、東京ならかみ合うはずの話にあきれられることもあった。でも孤立しているわけではないのでそこそこうまくいっている方なのだろうが。  中でも通学に使っている京浜急行の浦賀から上大岡までの間は落ち着けない日々になりそうだった。                  ☆☆                     琉星はある女性作家のファンである。彼女はミリタリー系から純愛物まで幅広く手がけており、そのうちの何作かが映像化されるなど本好きでその名を知らない人はないぐらいの人気作家だ。ただし、琉星は男子バド部のスポーツマンで通っているのでいるので本好きを公言しているわけではなかったのである。  その作家の作品の中でも本格ミリタリーど真ん中の作品を女子高生が読むとは思わなかったので、見かけたときには驚いた。それもボブを揺らす長さの髪にピンクのピンをしているような子が。対して自分は同じ作家の恋愛物である。もし周りの人が表紙を見たらと思うと自分の方がはるかに恥ずかしいだろう。ブレザーを着た男子だファンシーなカバーの本を電車の中で読む光景。こみあげてくるものは何とも言えなかった。  次の日の朝はたまたま何本か早い電車に乗ることができた。真ん中あたりと見当をつけた車両の中に、昨日の女の子がいた。そういえば彼女も浦賀まで乗ってたっけ。たしか上大岡で乗ったはずだ。そう思うと親近感がわいた。  琉星は上大岡の次の弘明寺駅が最寄りの高校なのだが、彼女は制服が違ったので他の高校なのだろう。  彼女の今日の本は例の作家最新作のSFアクション。琉星はまだ読んでいない本で、ちなみに琉星の方は昨日に引き続き恋愛物である。これ読み終わったら借りに行こう。高校生になったのに小遣いは当面増えそうになく、ポンと単行本を買える懐事情ではないので図書館に頼っている状況で、彼女の本も図書館のバーコードリーダーがついていた。  浦賀は始発駅なので発車までまだ時間がある。話しかけてみようと思ったのだが直前で踏みとどまった。制服を着ていてもそこら辺にいるナンパオヤジと変わらないという思考がブレーキをかけたのだ。そのうちドアが閉まり、電車が動き
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