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 次の日、香織が京急の改札を出ると、おじさんはまたバルーンアートを作っていた。通行人のほとんどは、まるでそこに誰もいないかのように見向きもせず通り過ぎていく。けれどもおじさんは、そんなことをまるで気にもとめていないかのようにニコニコしながらバルーンアートを作り続けている。  その時、香織はハッとした。昨日健太が行っていたことの意味がわかったからだ。「あの人も、おれらとおんなじ」。毎日何気ない光景の一部としてしか写っていなかったあのおじさんも、自分や健太と同じように、自分の作品でみんなを喜ばせたくて仕方がないという気持ちで、あそこに立っているのかもしれない。  そう考えると、急におじさんが身近な存在に見えてきた。小さな女の子がおじさんに駆け寄り、バルーンアートをもらって、嬉しそうに付き添ってきていたおばあちゃんのもとに駆け戻っていった。それを見た香織は、意を決したように足を踏み出した。一歩、また一歩。だんだんおじさんに近づいていく。いつも通っている上大岡の駅が、どこか異国の見知らぬ駅のように思えてくる。ついにおじさんの前に来て、香織は仁王立ちした。背中に変な汗がにじむ。 「あのっ」  そう声をかけると、おじさんはさっきのニコニコした表情を一ミリも変えずに香織の方を向いた。 「あの、そのバルーン、一つください」  そう聞いて、しまった、と思った。お金は取るんだろうか。しかし、そんな心配は無用だった。 「どうぞ」  それだけ言って、おじさんは猿の形のバルーンアートを手渡ししてくれた。  その次の日以降も、おじさんは変わらずそこにいてバルーンアートを作っていたが、香織はどこか気恥ずかしくて作品をもらいに行けなかった。その代わりに、軽く会釈して通るようにしていた。ただ、おじさんが気づいているかどうかはわからなかった。     *
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