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 それからしばらく経ったある火曜日。香織は大急ぎで京急に飛び乗った。このままだと授業に遅れる。前の晩夜更かししていたせいで、寝坊したのだ。香織が取っていた火曜1限の授業の教授は、時間に厳しいことで有名で、開始時に出欠をとり、その時着席していないと欠席したとみなされる。すでに2回遅刻していた香織にとって、これ以上の遅刻は致命傷だ。普段は凄いスピードに感じる京急も、この日だけは遅く感じられた。上大岡に到着してドアが開くやいなや飛び出し、走り出す。京急の改札を抜けて階段に向かおうと左手に曲がった次の瞬間。  ドンッ!  何かに激しくぶつかって、香織は地面に叩きつけられた。 「痛っ…」  見上げると、あのバルーンアートのおじさんが立っていた。どうやら香織はおじさんにぶつかって倒れたようだった。ただでさえ授業で遅れそうで焦っていた香織のイライラが、頂点に達した。 「危ないじゃない!!そんなとこに立ってのんびり風船なんか配って!!こっちは急いでるのに!!!」  そう叫んだ香織は、散らばった教科書や小物をカバンに無造作にしまって、立ち上がり、地下鉄のホーム目指して再び全速力で駆け出した。  授業にはギリギリ間に合った。香織が教室に入った時、ちょうど出欠カードが配られ始めたところだった。このカードを受け取れるか否かが、香織たち学生にとっては生死の分け目といっても過言ではない。  無事間に合った授業に、香織はほとんど集中できなかった。走ったことによる疲れもさることながら、おじさんにぶつけた自分の言葉を思い出して、心がザワザワと音を立てた。心臓を内側から引っ掻き回されているような感じがして、息が詰まった。  急いでいたのは自分の都合だ。授業に遅れそうになったのは自分の責任だ。時間通りに出ていれば、いつも通りおじさんを見ながら乗り換え口を通っていただろう。おじさんは何も悪いことをしていないのに、八つ当たりしてしまった。何が、「作品を作って人を喜ばせたい気持ちはおじさんと同じ」だ。自分はおじさんの気持ちを、全く分かっていなかったじゃないか。  自分の軽率な行動と偽善を恥じた香織は、頭がクラクラした。その日一日、全然頭が回らなかった。授業が終わり、キャンパスを歩いていると、健太に声をかけられた。 「お、香織、今から行くか?」  香織は今の今まで今日が火曜日で、サークルのある日だということを忘れていた。
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