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 次の日、いつもの場所に、おじさんはいなかった。もしかして、昨日の自分の一言で傷ついて、ここに来るのをやめてしまったんじゃないだろうか。香織はそう考えた。 「たまたまいないだけ。明日はきっといるはず」  そう自分に言い聞かせて、香織はモヤモヤした1日を乗り切った。  しかし、次の日もその次の日も、おじさんはいなかった。上大岡で京急を降りるたびに、香織は悲しい気分に襲われるようになった。1人の人間を、それも自分と同じ気持ちを持った人間を、傷つけてしまったことを、激しく悔いた。 *  それからしばらくして、乗り換え口におじさんがいないのが日常になりつつあったある日のサークルで、香織は健太と新しい作品作りに取り組んでいた。  香織の所属する折り紙サークルでは、ある程度期間を決めて同じテーマでそれぞれが作品を製作する取り組みを行っている。テーマは「平和」のように抽象的なものから「食べ物」のように具体的なものまで様々で、今回は「動物」という具体的なテーマだ。  健太は、「みんなが作るようなものを作っても面白くない」と言って、首をひねって散々頭を悩ませた挙句、カピバラを作ることにした。ただ、どうやってカピバラを作ればいいのかわからず、今度は手を動かしながら試行錯誤を繰り返していた。 「そうだ、こうしたらどうだろ」  などと言って楽しそうに折り紙を折っている健太の顔を見て、誰かに似ていると香織は思った。 「誰だっけ」  記憶を辿るようにして浮かんできたのは、ニコニコしながらバルーンアートを作っていたおじさんの顔だった。香織に顔をじっと見られていることに気づいた健太は、少し顔を赤らめて眉をひそめた。 「何?なんかついてる?」 「いや、そうじゃなくて。健太の今の表情、あのバルーンアートのおじさんに似てた」 「え、おれそんなに老けてるかな」 「そういうことじゃなくて、すごく楽しそうに作ってる」 「なんだよ、それ」  香織の言葉を聞いた健太は、照れ臭そうに頭をかいたので、髪がクシャクシャになった。 「そういえばあのおじさん、最近見ないよな」
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