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 配布会当日、土曜日、朝9時。ちょうどおじさんが立っていたのと同じくらいの時間帯だ。この日のために用意したサークルののぼりを掲げて、長机の上に作品を並べて待機した。道行く人たちは、慌ただしそうに通り過ぎて行き、香織たちには目もくれない。彼らの顔を見て、香織は思った。 「みんな、同じ顔をしてる。なんというか、感情がない」  健太が香織の方を向いた。どうやら香織は、思っていたことを無意識に口に出していたようだ。健太は、何も言わずまた前を向いた。もしかしたらおじさんの横を通り過ぎていた自分も、こんな顔をしていたんだろうか。そう考えると、香織はぞっとした。  なかなか人が来てくれないので、香織は呼び込みを行うことにした。 「すみません、大学の折り紙サークルで作品を展示してるんですけど、よかったら見て行きませんか?」  サラリーマン風の人にそう声をかけたら、あからさまに嫌な顔をされた。最後まで聞いてくれるのはまだいい方で、「すみません」と話しかけただけで「ごめんなさい」と切り返されたり、突然足が速くなったかと思うと無言で立ち去られたりした。  結局、午前中いっぱい立って必死で宣伝もしたが、子どもが2人とおばあさんが1人の計3人しか香織たちのところに立ち寄った人はいなかった。午後も続ける予定だったが、香織も健太も、誰かが来てくれる自信はなかった。 「作りすぎちゃったね」  そう言った健太の視線の先には、大急ぎで仕上げた、うず高く積みあがった作品たちがあった。
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