3人が本棚に入れています
本棚に追加
謎の徘徊ボケ老人に絡まれた。
そう、後日笑い話にできるネタだと、この瞬間の俺は思っていた。
だけど僅か数分後。
次の電車を待つホームにいてさえ、その轟音と衝撃は伝わってきた。
緊急サイレンらしき音がホームに鳴り響く。線路に降りて様子を見に行く訳にはいかないし、途中下車の駅でホームを出てしまうのも憚られた。
とりあえず、駅員に聞いてみよう。
駅舎に足を向け、慌ただしくどこかと連絡を取っている駅員に話しかける。向うも相当焦っているらしく、態度が動転しまくっていたが、それでも聞きたい情報を得ることができた。
さっきの列車が踏切に進入してきた一般車両と接触事故を遭した。車両が一両丸々潰れ、当然ながら電車は非常停止状態になっている。後続の列車は全部ストップしていて、復旧の見込みは現在不明。
その話にふと思うことがあり、突っ込んだ質問をしてみると、駅員の口からは予想通りの回答が戻って来た。
現場からの連絡によると、一般車両が突っ込んで大破した車両は、俺が乗っていた車両だったのだ。
あの時、もしあのおじいさんが俺を叩き起こしてくれなかったら。
無理矢理列車から俺を引きずり降ろしてくれなかったら。
その先を思うだけで、俺の全身から血の気が引いた。
* * *
それから三日程、不便なバス通勤を強いられたが、やがて路線は復興し、俺はいつもの電車通勤に戻った。
その際、あの夜と同じ車両に乗り込んで、朝も夜もあのおじいさんを探すのだけれど、いまだに会うことはできないままだ。
あの人がどこの誰だったのか。どうして俺を電車から降ろしてくれたのか。理由は判らないままだけれど、常に感謝の気持ちはある。
もしまた会うことができたら、色んな『どうして?』は総て後回しにして、まず何よりもお礼を述べたい。
その願いは果たされぬまま、今日も俺は通勤電車に揺られている。
電車のおじいさん…完
最初のコメントを投稿しよう!