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電車のおじいさん
電車で通勤している。
基本的に朝が早く、夜はその分少し早めの仕事なのだが、一時残業が続いて、世間の通勤ラッシュタイムよりも遅くなる時期があった。
空いていることだけが利点の遅い電車に乗り、目的の駅までぐったりと過ごす。
スマホをいじる体力もなくて、移動中は仮眠を取るための時間になっていた。
そんなある日。
とんとんと肩を叩かれ、俺はうたた寝から起こされた。
寝惚け眼で周囲を見ると、隣に見知らぬおじいさんが座っている。
誰だろう。記憶にない顔だけれど、忘れてるだけで、もしかしたら会ったことのある人だったかな?
そんなことを考えていたら、いきなり胸ぐらを掴まれた。
「え? あ、何を…」
小柄なおじいさんなのにやたらと力が強い。両手でその手を掴み、引き剥がそう手するが、まるで太刀打ちできない。
「あの、いったい、何…」
「降りろ。貴様のような奴は今すぐ降りろ」
何故だろう。凄く怒ってる。
俺、もしかしてこの人にぐったりもたれかかってたのか?
でも、確かに隣にいたけれど、俺の体はむしろ前方にうつらうつらと揺れていて、隣にもたれてはいなかった気がする。
それに、ちょっとくらいもたれてしまったとしても、こんなふうに胸ぐらを掴まれて激怒する程のことじゃないと思うのだが。
助けを求めたいが、車内に僅かにいる人達は、皆、見て見ぬふりをしている。
そうこうしている間にも電車が停まり、まだ利用駅でもないのに、俺は無理矢理電車から引きずり降ろされてしまった。
扉が閉まる前に、別の乗降口から飛び乗ることも考えたが、このおじいさんの剣幕じゃ、隣の車両に乗り込んでも、追って来てまた手荒い真似をされそうだ。
不幸中の幸いで、まだ終電には何本かある。仕方がない、次のに乗るか。
そう思った俺の目の前で扉が閉まった。
あのおじいさんがじっとこちらを睨んでいる。
その表情が唐突に変わった。
さっきまで憤怒の形相をしていたのに、突然おじさいんの顔つきは穏やかになり、俺ににっこりと笑みかけたのだ。
どういうことだ? 訳が判らない。
痴呆の人とかが、いきなり笑ったり怒ったりし出すとかいう話を聞いた気もするけれど、あのおじさいんもその類だろうか。
そういえばそのテの人って、凄まじい力を発揮するというしな。
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