12、無償

3/19
前へ
/40ページ
次へ
「もっと深刻―…って……?」 そう私が訊ねると、 「―…」 言葉では答えてくれなかったけれども、何処か寂し気な……そんな表情を見せた。 でも、悠馬は時折そんな風に何かを抱えたような瞳をしてる。 「本当に―…ごめんなさい。悠馬の立場があるのに……」 「そんなに繭子さんが心配しなくても大丈夫だって。それに誘ったのは俺だよ」 「だけど―…」 私が写真を持ち歩いたりしなければ、鞄をおとしたりしなければ気づかれなかったのに。 しかも、あんなタイミングで―… つくづく鈍な自分にあきれる。 悠馬よりも年上なのに、もっと上手く振る舞うことが出来ない。 大丈夫だよ、と言ってくれる分、そんな風に自分を責めていると、 「それより面白いね」 「え?」 「繭子さんが選んでくれた本。作者や題名は何となく耳にしたことがあっても、内容まではちゃんと知らない作品ばかりだから、ああ、こういう物語なんだって分かって面白い」 そう言ってくれる悠馬の手には文庫本が。 その日、読んでくれていたのはドストエフスキーの罪と罰。 「もう―…何冊か読んでくれた……の?」 「うん。読み進めると、ついもう1ページって感じで捲ってさ」 「わ、わかる!その次のページが気になって、栞を挟むタイミング逃しちゃって―…」 「そうそう。その勢いで読んでる。でも―…繭子さんが読みかけていた、叶わない恋の話。転生して再会を約束する―…」 「豊饒の海……?」 「うん。本当は、これよりも先にそっちを読んでいたんだけど、何だか途中で断念しちゃってさ。第一巻まではページを捲れるんだけど、その先がなかなか入ってこなくて」 「長いもんね……私も今、読んでいる分はまだ三回目の読み返しだし……」 「三回?十分でしょ。俺だったら何十年もかかりそう。けど、繭子さんが薦めてくれた本だから、ちゃんと読むよ。読書の良さもわかったし」 「あ、ありがとう……」 思わず私もお礼を言ってしまう。 だって嬉しかった。 自分の趣味を押し付けちゃったかなって思ったけど、次の1ページも読みたいって思ってくれているみたいだから。 何時か悠馬の仕事にも役立つ時がくればいいな…… 図々しいかもしれないけど、そんな風に思う。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

54人が本棚に入れています
本棚に追加