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「もっと深刻―…って……?」
そう私が訊ねると、
「―…」
言葉では答えてくれなかったけれども、何処か寂し気な……そんな表情を見せた。
でも、悠馬は時折そんな風に何かを抱えたような瞳をしてる。
「本当に―…ごめんなさい。悠馬の立場があるのに……」
「そんなに繭子さんが心配しなくても大丈夫だって。それに誘ったのは俺だよ」
「だけど―…」
私が写真を持ち歩いたりしなければ、鞄をおとしたりしなければ気づかれなかったのに。
しかも、あんなタイミングで―…
つくづく鈍な自分にあきれる。
悠馬よりも年上なのに、もっと上手く振る舞うことが出来ない。
大丈夫だよ、と言ってくれる分、そんな風に自分を責めていると、
「それより面白いね」
「え?」
「繭子さんが選んでくれた本。作者や題名は何となく耳にしたことがあっても、内容まではちゃんと知らない作品ばかりだから、ああ、こういう物語なんだって分かって面白い」
そう言ってくれる悠馬の手には文庫本が。
その日、読んでくれていたのはドストエフスキーの罪と罰。
「もう―…何冊か読んでくれた……の?」
「うん。読み進めると、ついもう1ページって感じで捲ってさ」
「わ、わかる!その次のページが気になって、栞を挟むタイミング逃しちゃって―…」
「そうそう。その勢いで読んでる。でも―…繭子さんが読みかけていた、叶わない恋の話。転生して再会を約束する―…」
「豊饒の海……?」
「うん。本当は、これよりも先にそっちを読んでいたんだけど、何だか途中で断念しちゃってさ。第一巻まではページを捲れるんだけど、その先がなかなか入ってこなくて」
「長いもんね……私も今、読んでいる分はまだ三回目の読み返しだし……」
「三回?十分でしょ。俺だったら何十年もかかりそう。けど、繭子さんが薦めてくれた本だから、ちゃんと読むよ。読書の良さもわかったし」
「あ、ありがとう……」
思わず私もお礼を言ってしまう。
だって嬉しかった。
自分の趣味を押し付けちゃったかなって思ったけど、次の1ページも読みたいって思ってくれているみたいだから。
何時か悠馬の仕事にも役立つ時がくればいいな……
図々しいかもしれないけど、そんな風に思う。
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