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一人暮らしをするより楽だと思って、実家のある上大岡へと戻ってきたけど、どうやら失敗だったようだ。
毎朝通勤の時に聞こえる電車が来たのを報せる音楽。ここ上大岡の場合は、それが私の大好きな地元出身のバンドの曲になっている。制服を着ていた頃はこの曲の歌詞のように好きな人と自転車に跨って、長い下り坂を走りたいと憧れたものだ。
実際、入社してすぐの頃はこの曲に送られて、慣れない東京への出勤に勇気をもらっていた。それが今ではその音楽も耳には入らず、毎日のルーティンで並ぶ快速特急を待つ人の列の喧騒に埋もれてしまっている。
大好きな曲にさえ私は気付かなくなっている。
そんな事実に気付いたのは、社会人三年目の夏。丁度お盆休みが明けた日の朝の事だ。
朝から蒸し暑くて機嫌が悪いのに、その衝撃は余計に私の精神を抉る。
私は、いつもやっている幸運の黄色い電車探しをするのも忘れて『なにか心に清涼を……』と周りを見渡す。けれど近くにいるのは私と同じように快特を待つ疲れた顔のサラリーマンやOLばかり。
しかし不意に、その少年は私の視界に入ってきた。
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