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定刻通りにシナガワ地下駅を出発した列車は、地上線に出るとオールドタウンを縫うように走り、徐々に速度を上げてゆく。
間もなく、左手の車窓にはハネダ・スペースポートのタワービル群が見えてきた。暮れゆく夕空に、幾千もの光の粒を纏いながらそびえたつ6本の超高層ビルディング。光と影。その影の落ちた地上で、赤い大鳥居はひっそりと佇んでいるのだろう。
「ねえ、私はメインはマグロにするからあなたはお肉にしない?デザートは…」
隣のシートで、美紅がとろけるような眼差しでディナーサービスのメニューを眺めている。先ほどの不機嫌はいったいどこへやら。
列車はぐんぐんと加速する。ヨコハマを過ぎればあと20分足らずでミサキ・コントロールポイント。そこから先は海中の真空チューブの闇を疾走する。つかの間の車窓だが、美紅の胃袋は風景を楽しむ暇すら与えてくれないらしい。
「列車はまもなく、ミサキ・コントロールポイントを通過します」
車内アナウンスの声に耳を傾けながら、ゆったりとしたシートに身体を預けると、なぜか先ほどの老人の人懐っこい笑顔が浮かんできた。
シナガワとサンフランシスコが鉄道で結ばれるなんて、少年の日の彼は想像しただろうか。
バーの棚に置かれた模型。あのレトロな赤い電車も、きっと100年前には最新鋭のものだったに違いない。少年の彼は、あの電車で父親とどんな思い出をつくり、そして鉄道にどんな未来を描いたのだろうか。
旅から戻ったら、またシナガワのオールドタウンを訪れてみようか。場末のカウンターの片隅、今度はゆっくりとジン・ライムを傾けながら。彼と父親の物語を聞きに。そして、彼が感じた鉄道の未来を見つけに。
スマートウォッチの時刻を太平洋時間に合わせていると、海が見えてきた。最後の夕焼けが深い青に溶け込んでゆく。
車輪が刻む心地よいリズムを身をゆだねながら、僕は軽い眠りに誘われていった。
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