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シナガワ・トレインターミナルには、リニア新幹線をはじめ短距離・長距離さまざまな列車が乗り入れている。これから乗車するKQラインもその一つ。昔からシナガワとミサキを高速で結んでいた路線だ。
時代は移り、いまはミサキから遙か太平洋に続くトランス・パシフィック・チューブを、最高時速1,200kmで駆け抜ける。飛行機を上回る速達性と圧倒的な環境効率を両立して、太平洋路線から旅客機を駆逐した。
「はぁ…間に合って良かった~。もうホントに焦ったよ。あのおじいさん、ぜんっぜん話が途切れないし。だいたいあなたも八方美人すぎるのよ、いかにも興味ありそな顔で頷いたりしてさ」
タクシーでは無言だった美紅は、時間通りにチェックインできた安堵感からか堰を切ったように話し始めた。
「あなたいつも涼しい顔してるけど、間に合うと思ってたの?もし乗り遅れたら次の便は明日の昼だよ?一年間も練りに練った旅行プランが台無しじゃない」
改札を抜け、長いエスカレータを降りる。プラットホームが近づくと、真っ赤なメタリックカラーに輝く列車が姿を現した。
「ねえちょっと待ってよ12号車? 12号車って反対側のエスカレータじゃん。もう…」
手元のチケットとホームの案内表示を見比べながら、美紅があきれた顔でこちらを振り返る。
列車は最新鋭の「タイプ21000」。なめらかに光る円筒形の車両を隅々まで観察したくてわざと反対側のエスカレータを使った、なんて口にできるはずもない。
美紅は12号車を目指して早足でホームを歩き出す。鏡のように磨き込まれた深紅の車体。そこに映り込む白いワンピースとの間隔がどんどん広がってゆく。やれやれ、これからの道中が思いやられる。
サンフランシスコへは、シナガワ・ターミナルから8時間の旅。
看板列車のカイトク・トレインなら、快適なフルフラット・シートや多彩な映画サービスで退屈することはないだろう。
横ゆれを徹底的に抑え込んだ車内で、極上のワインと料理に舌鼓を打つのも楽しみの一つだ。シナガワ出発便のスペシャリテは、ミサキマグロのソテー。21世紀の後半まではミサキで水揚げされていた天然マグロ。その食感と味わいを完全に再現したメニューという触れ込みだ。もちろん厳選されたナパのワインもお目当てのひとつ。ミサキマグロとのマリアージュにも期待がふくらむ。
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