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「どうも。お困りのようでしたので、馳せ参じました」
唐突に、颯爽と現れたマドカを見て、木の上にいた奴は何を感じただろう。
(俺はアイツが新種の猿か忍者かと思った)
木の上の奴がどれだけ時間を掛けて現在地まで登ったのかは知らないが、マドカはニ分しない間に辿り着いていた。
そんな速さで木に登るなんて、アイツの運動神経天井知らずか?
下から眺めていても、明らかに男が動揺しているのが見て取れた。声も出ないようだ。
「上に行きたいのに、行けないのですよね。代わりに、僕が行きますよ」
「え、上?……いや! 待ってまって待ってっ」
マドカが人差し指で上を指すと、へっぴり腰の男が限界まで身に乗り出し、腕を突き出して止めようとする。なんだ、動けたのか。
「大丈夫。僕は木登りも高い所も平気ですから」
「ちょ、待ってくださいったら」
(アイツら、なんで丁寧語で話してるんだ?)
全力でマドカを止めるべく、幹に縋って立ち上がる男。だが、マドカはいっさい聞く耳を持たず、さっさと更に上へと登っていった。
木の上の奴が立ち往生していたのは、やはり自分では上の枝まで行けないと踏んだからではないか。
そう思ったのは、マドカの動きがアクロバティックになったからである。
上下左右の枝の間隔が広がっているのは傍目からでも明らかなので、少し複雑なルートを経由することにしたらしい。
落ちれば骨折間違いなしの高さであるにも関わらず、隣の枝まで軽々と跳躍し、ボルダリングの要領で幹や枝の節に手足を掛けて枝に移ったりと、見ているこちらがヒヤヒヤする。
今が初夏で、葉の茂る時期で良かった。マドカが派手に木登りをしても、葉でその姿が隠れるから。
冬の丸裸の木をコイツが登ったら、きっと中庭から校舎から観客で大賑わいだろう。
そうして、なんら苦もなく目標の枝までたどり着いたマドカは、枝の根元に座りながら納得したように数度頷いた。
「道理で単独処理がしたいわけだ」
そんな声が聞こえ、下にいた男は枝に手をついてうなだれる。
「なんかあったかー?」
マドカに呼び掛けば、木の上の男は初めてこちらの存在に気付いたらしい。今度は絶望したように両手で顔を覆った。
一方、枝の先にあるらしい"何か"を取ろうとしていたマドカは、枝の根元よりも幾分か前に躙り出て、精一杯に手を伸ばしても届かなかったことで諦めたらしい。
枝の上だというのにフラつくことなくその場に立ち上がり、こちらに手を振る。
どうやら、取るのは諦めたが、挫ける気はないようだ。
「落とす。受けとめろ」
たった二言の命令に、頭の中が真っ白になる。
(何を受け止めろだって?)
降って湧いた命令に理解できずに首を傾げていると、マドカが上の枝を掴んで体全体で枝を揺する。
「おまっ、馬鹿か!」
アイツに、落ちるだの怖いだのという概念はないのか?
ゆっさゆっさと揺すられ、葉を落とす枝の先が、"何か"の重みによってか、不自然に撓む。
それを目の当たりにして嫌な予感を覚えた次の瞬間、黒くて重量のあるものがバサバサと葉や小枝を道連れにしながら落ちて来た。
「あああ! バッカじゃねーのっ!?」
明らかに機械然とした物を受けとめろなんて、無茶だろ!
人は、追い詰められると、アドレナリンが大量放出されるらしい。
わあぎゃあ叫びながらも、気付いたら俺はラジコン的な機械の塊を受け止めていた。
それと同時に、悲嘆の声をあげる木登り野郎。併せて、校舎付近の枝から窓へと跳び移るマドカの姿を確認する。
(アイツ、本気で、木登り野郎の安否はどうでもいいのな)
なんか、もう、脱力。
「誰か助けて、とは言ったけど、お前らとは言ってない」
木の上で、男がごもっともな悲鳴を上げていた。そりゃそうだ。
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