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「あいつ、本気でトランポリン持ってくんじゃねえか」 「いや、ないから」 「ってか、お前、かなり前からアレに気付いてたろ」  未だ往生している木登り野郎の経過を、欠伸混じりに見守りつつ、マドカに尋ねる。  思うに、コイツはここに座った時、唐突に誰のことを差しているのか不明瞭な発言をしていた。――連休明けでサボリがどうとかいう話題だ。  その時には既に、木の上で難儀している奴に気付いていたのだろう。案の定、マドカはしれっと頷いてみせた。 「悲鳴が上がった時は、木にしがみつく格好で下がっていた」 「端から気付いてんじゃねえか。しかも、かなり危ねえ状態だったのかよ」  それなのに、るかが悲鳴の上がった位置を探っていても我関せずを貫くあたり、大概コイツも薄情なもんだ。 「悲鳴直後の状況では、下手に手出しをするべきではないと判断した。それに、なんとか自力で立て直したからな。彼が授業をサボりたくてあそこにいるのなら、このまま放っておくのが親切かな、と」  説明中も一度も上を窺うことなくマイペースに飯を食うのだから、こいつがいかに木の上の奴に無関心かがわかる。  というか、コイツは一体、どんなハプニングが起これば、食事を中断する気になるんだ? 「まあ、本当に降りられないとしても、あの高さから落ちたところで死にはしないさ」 「派手に骨折はするだろうがな」  木の上の奴としては現在進行形で修羅場なのだろうが、こちらにとっては所詮他人事。  マドカは木の上の奴を心配する気は、微塵もなさそうだ。  行き当たりばったりで、お節介なトラブルメーカーのるかとは違い、マドカは冷静沈着で、他者にはわりと無頓着な朴念仁だ。 (……無頓着というか、単に放任主義なだけなのかも)  傍らにいる幼馴染みをチラと窺った俺は、こいつの生態について顧みた。  マドカを語る上で特筆すべきは、その有能さである。  こいつは類い希な運動神経と器用さ、神経の図太さを持ちあわせている為に、大概のことはソツなくこなせる上に、大抵の事では動じない。  そんな魔王ばりに有能なマドカにも、厄介な部分はある。  コイツは、とにかく有能すぎて、"人並み"があまり把握できていないのだ。  "なんでもできて当然"な人間(マドカ)からすると、ごくありきたりな人間が"いかにできないものか"を理解するのは難解らしい。  だから、誰かが困難に陥った際、マドカはまず、観察に徹するのだそうだ。  トラブルを前にして、当事者が余程危機的な状況でない限り、まずは相手がトラブルに対して、どう反応して、次にどのような言動を取るかを観察・分析する。  そうすることで、"ごく普通の人"の"可能と不可能の境界"を学習しているのだ、と以前、本人から聞いたことがあった。  この話だけで、コイツが一筋縄にはいかない、相当に厄介な奴であることが窺えるだろう。 (有能なのに、肝心な時に動かないって、下手すりゃ無能扱いにされるぞ、コイツ)  長い付き合いの中で、マドカのクセの強さを何度も実感してきた俺は、のんびりと茶を啜る幼馴染みをひっそりと心配する。 (……まあ、オレも人のことをどうこう言う筋合いはないんだがな)  幼馴染みの難儀な性格についてとやかく思うこの俺だって、こうして銀杏を仰ぎ見ながら、欠伸混じりに睡魔と戦っているところからお分かりかとは思うが、木の上の奴を微塵も心配していない。  そのあたり、俺も他人に薄情な人間に変わりないのだ。
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