その子どもは運命を分かつ

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       ◆ ◇ ◆ ◇  とあるくもりの月曜日。  一人の子どもが市の図書館の一角にて新聞紙を何部も広げて、その隅々をチェックしていた。静まり返った館内に、彼女が捲る新聞紙の音がペラリペラリと響く。  しばらく経つと、おもむろに彼女は動きを止め、周囲はシンと静まり返った。紙面に視線を落とす少女の表情が見る間に曇る。  彼女の手許に広げられた複数の新聞紙には、いずれもある共通する記事が載っていた。 【夏亥VS巳冬 両者背水の陣での死闘】 【勝者・夏亥は試合終了後、帰宅途中に市内無職男性の運転する乗用車に撥ねられ意識不明の重体】  各紙のスポーツ欄の片隅に掲載された、小さな記事。それぞれ、ボクシングの試合風景だったり、事故現場を映したもの、二人のボクサーの顔等の写真がこじんまりと載っているが、彼女は敗者の顔写真を見た後、小さく吐息した。 (ああ、やっぱり)  試合の敗者として掲載されている巳冬という選手は、一週間前に彼女――朔夜が会った人物と合致する。  あの、負けられない試合に『全てを懸ける』と言いながら、〈全て〉がなにを示すのかも気付いていなかった、危うい男だ。  一週間前の雨上がりの日曜日。巳冬は朔夜の服が汚れたのは自分のせいだと謝った上で、丁寧に服の汚れを落としてくれた。そんな誠意ある彼に、朔夜はお礼として、彼の今後を占ったのである。  占いの結果、朔夜が知り得たことはいくつかあったが、どれもあらゆる意味で芳しくはなかった。  巳冬は背水の陣で試合に臨むこと。  対戦相手の夏亥は、己自身と彼に待ち受ける運命に向けて〈全てを懸ける〉と宣言したこと。  その宣言には、声に出して言葉を紡ぐと真実になってしまう"言霊"が使われたのみならず、それを操る"言霊使い"が絡んでしまっていること。  〈全てを懸ければ、絶対に勝てる〉と言霊で以て宣言した為に、夏亥の勝率は桁違いに上がったこと。  言霊により、勝つことに〈全て〉を懸けてしまったからには、夏亥が勝った後は〈全て〉――"自らの命"、或いは"選手生命"のいずれか――を失う危険があること。  自らの命と選手生命のどちらを失するかは、夏亥の思う〈全て〉が先述のいずれのものかにより決まること。  そして、対する巳冬には、試合に勝つ為に〈全て〉を失うことを躊躇うほどには大切なものが存在することが占いで示された。  二人のボクサーの運命を懸けた試合がいつなのか、朔夜は知らない。だから、巳冬に会ってからは毎日、この図書館に通って、各紙のスポーツ欄のチェックをしていたのだ。  そうして今日になって、ここ最近、ずっと探していた巳冬と夏亥の試合の記事を見つけた。  試合の結果については言わずもがな。  夏亥は巳冬に勝った。  だが、夏亥はこの試合に自分の〈全て〉を懸け、宣言通りに勝ってしまった以上、運命に従って〈全て〉を差し出さねばならない。だから、彼は試合後に事故に遭ったのだ。  夏亥が言霊で以て運命に差し出した〈全て〉がなんであるのかは、昨夜の知るところではない。だが、このままでは本当に、夏亥はボクサー人生も、夏亥自身の命も〈全て〉、失いかねないのではないか。 (夏亥さん……会ったことはないけれど、彼は巳冬さんとの戦いに勝って、ボクサーとして生き延びたかったでしょうに)  試合に勝っても、ボクサーとしての人生、もしくは命を失ってしまえば、意味はない。 (苦し紛れでもいい。せめて、彼の宣言した〈全て〉を示すものが、自身の命や選手生命以外のものであると認識してくれていれば、難を避けられるのだけれど。ああ、それにしても参ったわ)  アンニュイに吐息し、広げた新聞紙をたたんでいると、どこからともなくバタバタと足音が聞こえる。  周囲をキョロキョロと見回せば、男の子のような女の子のような、どちらともつかない子どもがこちらに向かって走って来た。  友人のるかだ。
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