rail─レール─

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「────『習慣』かもね」 「え?」  ぽつっと、由海子は零した。美由は、母が突然言うので、きょとんと見返していた。由海子は笑った。苦味が滲んだのはご容赦願いたい。 「『習慣』、よ」  横須賀に、三笠公園に、戦艦『三笠』に来てしまうのは、きっと『習慣』なのではないだろうか。由海子も、美由も、母親の胎内にいるときから訪れていたなら。  やがて世に生まれ出て、成長する毎に刷り込まれ、決まりごとになって行ったのではないか。  ゆえに、“行かない”などの選択は、端から頭に無かったり、行かなければ不安定になったりするのだろう。 「……『習慣』、かぁ」 「そう、『習慣』……ああ、そうそう今日、おばあちゃんも来るわよ」 「おばあちゃんもか……いよいよ恒例行事っぽいね」 「そうね。あと敏(さとし)くんも来るって」 「はっ! 何でっ?」  美由は由海子の科白に目を剥いて素っ頓狂な声を出した。敏とは兄の子で由海子の甥、美由の従兄に当たる。今年大学三年で、教育学部に通う彼は来年から忙しくなってしまい母と、彼と美由にとっては祖母と、同行が難しくなるため今年は付き添いに志願したそうだ。 「……マジか……」 「敏くんはおばあちゃん子だから」 「今日お母さんと出掛けるだけとか思って、普段着で来ちゃったよぉおおっ……」  従兄の予定外の出現で、美由は両手で顔を押さえた。失礼な言い草だが、由海子も気持ちは理解出来るので苦笑しただけだった。  女子高生の美由にすれば、親戚内でもお洒落で評判の従兄と会うには、気合が必要だろう。手を顔から外すと恨みがましい目と声で「何で教えてくれなかったの……?」抗議して来た。 「急に来るって言うからでしょ。お母さんはもう出られる状態だったし」  横須賀へ行くか尋ねられ肯定したら「じゃあ私も行く」と美由はそのまま玄関へ向かってしまったので、告げる暇など無かった。説明したら、「あー……」美由は唸って、今度は窓へへばり付いてしまった。  由海子が見て、美由の格好は今どきで、別段だらしない訳でも酷い訳でも無いのだけど、美由には美由なりに拘りが在るのだろう。ここで今日の服装をフォローしたとして意味が無いことを察していた由海子は、静かに微笑んでいた。  金沢八景を出た車窓はトンネルに入った。  出て抜けるたび、美由の向こうで海が輝いているだろう。  祖母の見詰めていた、海が。    【 了 】
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