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すぐに返事は来ず、亜津子は支払いをして店を出た。店のすぐ横が海なので近づいてみると、海よりも先に独特な形をした岩が目に飛び込んできた。岩は黒っぽく、幾重にも細かな層になっている。食べ物で例えると、黒いミルフィーユを90度横に倒した感じである。
潮の満ち引きによって、岩の合間に天然のプールができていて、そこで小学生が網を持って何やらすくおうとしている。少し沖の方では釣りをしている人もいる。
岩場に降りられそうなので、足もとに気を付けながら降りてみることにした。岩から海を覗きこむと、その透明さに驚いた。場所によってはかなりの深さがあると思われるが、くっきりと底まで見渡せる。
これまで亜津子は健太とのデートで横浜や東京で海を見てきたが、きれいに整えられたコンクリートやフェンスの隙間から見るそれらは、亜津子の知っている海とは違っていて、どこか人工的に思えていた。
「ここの海は、ちゃんと海だ」
亜津子はなんだか嬉しくなってきた。ゆらゆら揺れる海藻、カニやヤドカリ、よく見ると小さな魚もいる。ずっと見ていても飽きない。亜津子の実家の近くにも、自転車で行ける距離に岩場があって子どもの頃兄と一緒に網とバケツを持って行ったものだった。
一畳ほどの大きさの天然プールを覗きこんでいる小学生の姉妹がいた。兄とのことを思い出して懐かしくなった亜津子は話しかけてみることにした。
実は亜津子と健太が出会うきっかけになったサークルは、小学生と遊んだり、勉強を教えたりするボランティアサークルだったので、子どもとやりとりするのは慣れている。
姉妹は姉が小学校4年生、妹が2年生くらいかな、と亜津子は思った。姉の方は手に10×15センチくらいの長方形の網を、妹の方は直径20センチくらいの小さめのバケツを持っていた。
「何がいるの?」
と亜津子が話しかける。
「おさかな!」
妹のほうが答えてくれた。2人は亜津子を警戒する素振りは見せないが、特に相手をしようという気もないらしく、海の中を真剣な様子で見つめたままである。
「あっ、いた!そっち!」
と姉が言って、指さしたほうに移動するが、また魚は見えなくなったようで再び海の中をじっと見つめる。
時代や場所が違っても、子どもってそんなに変わらないんだな、と亜津子は微笑む。
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