第1章

11/11
前へ
/11ページ
次へ
「今日は何か捕まえた?」 「ヤドカリとかカニならすぐ捕まえられるけど、今日は魚狙いだから、まだ」 姉が答える。 「大物狙いだね。でも、その魚、海は広いのにこんな狭いところに閉じ込められちゃって、ちょっとかわいそうだね」 と、何気なく言ってみる。  それを聞いた姉は顔を上げてちらっと亜津子の顔を見て、それから海の沖の方を見ながら言った。 「ここならサメとか大きい魚がいないから安全なんじゃない。それに、嫌になったら潮が満ちたときに移動すればいいし」 亜津子はふーむ、なるほど、と思いながらも、思わぬ返答に少し動揺して、 「潮が満ちる、って難しい言葉を知ってるね」 と、やや的外れな言葉を返してしまった。 「じいちゃんが漁師だから」  姉は今度は海から顔を上げずに淡々と答えた。ふーむ、なるほど。  そのとき、「ティロン♪」と亜津子のリュックの中から、スマートフォンにメッセージが届いたことを知らせる着信音が鳴った。 「いろいろ教えてくれてありがとう。海に落ちないように気を付けてね。バイバイ」 「バイバイ!」 「バイバイ」 と妹は元気よく、姉は淡々と答えてくれて別れた。  岩場から上がって、お店の軒下の影になっているところに入ってメッセージを確認する。留美からだった。 「急にどうしたの?泊まってくれていいけど、今どこにいるの?健太さんは一緒?」 「一人で電車に乗って三崎口まで来た。どこかわかる?今海見てるよ。」  すぐに既読になって、さらに返事がきた。 「なんでそんなところに一人でいるの?三崎口って、京急の終点の三崎口?」 留美の混乱ぶりと、この後再会した時に今日のことを話す自分を想像して、またおかしさがこみ上げてきた。周りに誰もいないのを確認して、我慢せずに笑いながら返事を打つ。 「いろいろあってね。長くなるから会ったときに話すね。その三崎口だよ!今の私にとって三崎口は終点じゃなくて出発点だけどね。これからそっちに向かうよ」  ちゃんと送られたのを確認してから、スマートフォンをリュックにしまう。  今更ながら、予定外に日差しを浴びたことで日焼けしちゃったかな、と気にしながら、亜津子はバス停に向かうために一歩を踏み出した。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加