第1章

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バスは人ごみを抜けた後、方向的には海から離れていくように感じられ、亜津子が「あれ?」と思っていると、いつの間にか高速道路かと見間違えるような立派な橋を渡っていた。いよいよ島に上陸である。  橋を渡り終えると、ほどなくしてバス停に到着した。「島」と聞いて亜津子がイメージしていたよりも整備されていて、バス停の周りには飲食店やお土産屋さん、ダイビングショップなどがある。三崎港ほどではないが、やはり人は多い。  羽田空港に到着してから何も食べていないことを思い出し、急にお腹がすいてきた。腕時計を見ると午後二時になろうとしていた。いくつかお店を見て回って、海の近くにある定食屋に入ることにする。  店内は広くテーブル席と、畳の座敷の席に分かれていて、席は半分ほど埋まっている。「空いている席どちらでもどうぞ」と言われ座敷の方がすいていたので、一人でテーブルを占領することを申し訳なく思いながらも、靴を脱いで上がる。メニュー一品ずつを書いた紙が壁一面に貼られていて、それを見ながら何を食べようか考える。  店内の雰囲気は昭和の海の家風というのか、いい意味で昔ながらというのを保っている。亜津子はリアルタイムで昭和を経験してはいないし、海の家というのも行ったことはなかったが、なんだか懐かしさを感じた。  一通りメニューを確認した後、三崎港でのイメージが強く残っていたので、「まぐろネギトロ丼」を注文した。  まぐろネギトロ丼は、ご飯の上に半分はマグロの漬けが、もう半分はネギトロが乗っていて、亜津子は「これにして正解!」と自分の判断をほめながら、あっと言う間においしく平らげた。  一息ついて、今朝健太とのことがあったばかりなのに、午後にはこうしてお腹いっぱいおいしいものを食べている自分の図太さがおかしくなってきた。一人でにやにやしていたら変だろう、と思うのだが、どうにも笑いがこみあげてくる。電車でぴゅーっと上大岡から三崎口まで来るのと同時に、健太のことからもぴゅーっと離れられたみたいだ。  ふと思いついてスマートフォンで留美にメッセージを送る。留美は高校のときに真紀と3人で仲が良かった友人で、今は横浜に住んで大学に通っている。 「急で悪いんだけど、今日泊めてもらえないかな?一生のお願い!」
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