【1】元カレと元カノ

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「まあ、残念」と全く残念そうな口調ではなく彼女は言い、ぱん、と丈が短いドレスの裾を引っ張って整えた。 「またね、慎一郎。近いうちに会いましょう」 聞く義理はない。 立ち去る慎一郎の背に彼女の笑い声が刺さった。 同じ『笑い』でも、こうも印象が変わるのか。 慎一郎は秋良の笑顔を思い出す。 つい数日前まで、知人の域を出なかった。今は恋人、そう遠くない将来、人生を共にする秋良、ひたむきに慎一郎を思い続けてきた彼女を。 もうすぐ、彼女の笑顔も何もかもが自分だけのものになる。 慎一郎は襟元を寄せ、シャツのボタンを締め直す。 確かに三浦の言うように無防備だったかも知れなかった。 キスマークを指摘されて憤慨するより、隙を見せなければいい。 彼は客室へ戻ろうとし、足を止めた。 交歓の跡を残す部屋で一晩、独り寝するのか。女々しいにも程がある。 帰ろう。 彼は片手を上げて従業員を呼んで部屋番号を告げ、チェックアウトすると伝えた。少しばかり多めにチップを渡し、私物を持ってくるように指示を出した。 室内に入ると、何をしていたか一目瞭然だ。まるでラブホテルでさっさと事を済ませて慌てて帰る若者と同じだが、構うものか。 たまさか三浦が訪ねて来るようなことはないだろうが、今宵は秋良以外の女のにおいがするところでは寝たくない。 慎一郎は掌を広げ、自らの前に掲げる。 この手に指を絡めた秋良の柔らかさを抱くように握り締めた。
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