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よれよれの財布を覗く。五千円札が一枚ある。
ファスナーを開け、小銭を確かめる。十円玉が何枚かと、
五円玉、一円玉。
これが、園部和夫の文字通りの全財産だった。
メインスタンドに座り、平和島運河から続く競争水面を眺める。
レースの熱狂が嘘のように、穏やかな水面だった。
いよいよ次が、最終のレースになる。
この五千円があれば、なんとか週明けまでは凌ぐことが
できる。この後に、安居酒屋で軽く一杯引っかけることも
できるだろう。そしてまた、還暦間近の身体に鞭を入れて
働けばいいのだ。
そうすれば、最低限の日常生活は失わずにすむ。
が、そうなると、あの子が大恥をかくことになる。
晴れの結婚式に、招待したはずの父親がやってこないのだ。
いや、正確には「元父親」か・・・・・・。
和夫の左右では、自分と似たようなパッとしない男たちが、
最終レースの予想を口にしている。キュルル、と腹が鳴った。
朝方食べた売店のホットドッグ以外、何も口に入れていない
のを思い出す。
和夫の娘から手紙があったのは、もう二ヶ月ほど前のことだ。
元妻と離婚してから、つまり、娘と離れてからもう二十年近く
になる。
離婚の理由は、和夫のギャンブル癖だった。
娘の将来を考えて、前妻から離婚を切り出された。仕事も、
生活も上手くいっていなかった頃のこと。和夫はどこか清々と
した気分になって、薄っぺらく味気ない離婚届に判を押した
のを覚えている。
これで自由だ。
気がかりは、娘のことだった。8歳にもなれば、離婚の意味は
十分に分かるだろう。学校でいじめられるようなことがある
かもしれない。
元妻が自分に対してひどい言葉を投げかけてきたときなどは、
後になって無邪気な笑顔を振りまいてくれるような、優しい
娘だった。
自分の甲斐性のなさが、あんなに小さな子供を少しばかり
大人にさせてしまったのかもしれない、と和夫は思う。
だから、その娘から結婚式の招待状が届いたのには驚いた。
結婚することそのものよりも、いったい自分の住所をどこで
調べたのか、それが不思議で仕方なかった。
離婚した後も、和夫のうだつは上がらず、その日暮らしを続け、
結果、自分の手の中に残っているものは・・・・・・
五千円札が一枚。
結婚式の招待状に興奮してしまい、ろくに中も確認せず、出席に
丸をつけて返信したことを今さらながらに後悔する。
自分が父親として出来ること。
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