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男が指をさしている。その先は、レースの順位を知らせる
電光掲示板だった。
上から、6・1・2の順の番号が並んでいる。
緑色のジャンパーを来た長友が、大きく右手を上げている。
和夫は、脱力した。
帰りがけ、横浜のデパートで結婚式用の礼服を購入する。
お祝いを包む袋も買い、中に相応の金額を入れた。
翌日、京浜急行に乗り、結婚式の行われる観音崎ホテルに
向かう。
観音崎自体、生まれて初めて行くところだ。
タクシーから降り、ホテルに入る前に海を眺めた。
深呼吸をする。海はどこまでも広く、青かった。
幼い頃に唄った、童謡のとおりだ、と思う。
平和島の、あの閉ざされた運河とは全く違う。
海を眺めながら、これまでの人生を悔やんだ。
悔やんでも、悔やみきれないことの連続だった。
涙が、頬を伝う。
こんな顔を見せてはいけない。とんでもない幸運が
自分をこの場所まで連れてきてくれたのだ。
娘がわざわざ自分のことを招待してくれた。
探し当てるのに、時間も労力も相当かかったに違いない。
元のとはいえ、今日一日ぐらいは父親として、凛として
振舞わなければいけない。
和夫はハンカチで頬を拭った。このハンカチも、昨日買った
ものだった。
式場に入ると、すぐに元妻の幸子の姿が目に付いた。幸子も
和夫に気がつき、近寄ってくる。和夫は周囲に目をやる。
どうやら、幸子の旦那はいないようだ。ずっと一人きり
だったのだろう。幸子に頭を下げた。
幸子も和夫を見て、頭を下げる。
お互いに声はかけなかった。
和夫にしてみれば、声をかけたくもかけられなかった、
というのが正直なところだ。
ロビーにおおっ、という声が上がる。
ウェディングドレスを纏った、新婦が現れたのだ。
親戚に挨拶をしながら、首を回している。
和夫と目が合った。
「お父さん」
娘の裕美が駆け寄ってくる。親戚の中には、しかめ面を
している者もいるのがわかる。
「お父さん。来てくれてありがとう」
裕美が涙をこぼした。
「・・・・・・大きくなったな」
間の抜けた台詞だ、と思う。当たり前のことだが、二十年前に
比べて、裕美は大きく、美しくなっていた。
「旦那さんとね、一生懸命調べて探したんだよ。頑張ったん
だよ」
頷きながら、申し訳ない、と心の中で謝る。
「ちょっと待ってね」
裕美がタキシードを着た男性を伴ってくる。結婚相手なのだろう。
「お父さんこの人・・・・・・」
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