第1章

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こんな若造の面接も、一応仕事だしって、顔に太字で書いている右の面接官の質問だ。こっちも、嫌です、とは言えないので、とりあえず頷いておこう。 「あなたは今日、ここまでどのような交通機関を使って来たのですか?」 “好きな果物何ですか“的な、一応聞いておこうという、時間稼ぎの質問。そりゃ答えるけど、他の奴の履歴書を見ながら言われても。 「朝起きて、多摩川沿いを歩きまして。そこから発するパワーをもらって。ま、ちょっと夏は匂うんですけど」 ダメだ。ちょっと変化球の球を投げても、全く動じない。神様、今からでも遅くはありません。誰か、ワンポイント登板してください。 「は?だから、私が聞いているのは、この試験会場まで、どうやって来たのかってこと」 やばい、完全にこの面接官は頭にきてるというか飽きてる。でも、ここで急ブレーキをかけるのは素人。そのまま突っ走るのが玄人。そして俺が選択した答えは後者。 「早く御社で働きたくて、羽田空港から飛んできました」 このアドバイスをしてくれたサークルの先輩は、まさに素人。選択ミスした俺の負けだ。 「なんて冗談です。皆さん、ゾウシキって知ってますか」 確実に真ん中の面接官の頭の上には、ハテナの文字がユラユラと揺れていた。 「 漢字では、雑な色と書いて、雑色と読むんです」 いつも思う。ちょっと恥ずかしい。雑な色と書いて、雑色って。 「赤い電車、いや、京急の駅でしょ」 この右の面接官は、知ってる。そうだ。少しでも話題の糸が見えれば、それを引っ張って広げて、俺のフィールドに持ってくればいい。 「そうそう、そうです。その京急の雑色から来ました」 よし。この人はやはり前のめりの鉄っちゃんだ。 「便利になったよね。品川から羽田空港までひとっ飛びだからね」 チャンス到来。 「私は、その京急を使って、御社まで参りました。今、おっしゃられた通り、品川で乗り換えて」 ここは押し切るしかない。 「品川はいいよね。たまに新幹線でどこか遠くへ行ってしまいたくなるからね」 いいぞいいぞ、どんどん俺のペースにはまってきてる。
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