2/8

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「あれ?もしかして優ちゃん?」 特に予定のなかった休日、あてもなく電車に乗っていた僕は、気付いたら品川駅のホームに降りていた。何となく懐かしくて、そのまま中央改札への階段を上り、昔よく時間を潰していた駅内の本屋を通り過ぎる。当時付き合っていた彼女との待ち合わせとしてよく使っていた本屋だ。正確に言えば、彼女が着くまでの時間潰しとして利用していた場所。そこを通り過ぎると、先には中央改札口が見え、左手には京急電鉄、いわゆる京急線の改札が見える。以前と変わらない風景だった。  懐かしいな、と京急線の改札前で立ち止まると、僕は声を掛けられたのだった。 「……あ、……お母さん?」 つい“お母さん”と呼んでしまい、僕は焦ったのだが、山下さんは動じることなく、それが当たり前かのように、以前と変わらぬ呼び名な僕を呼ぶ。 「やっぱり優ちゃんよね。懐かしいー。何年ぶりかしら?」 「えっと、10年ぶりくらいですかね」 山下さんは10年前、つまり僕が21の時に付き合っていた彼女、山下里海の母親だ。 「もう10年にもなるのねー。懐かしいわ。元気?」 「あ、はい元気です」 僕はこんなにも簡単に嘘を付けるようになっていたことに少し落ち込んだ。 「変わらないですね」 「何言ってんの、もうおばさんじゃなくておばあちゃんよ」と笑う山下さんは当時と変わっていないように見える。 「今日は東京に用事ですか?」 「ええ、そうなの。友達が体を壊したらしくね。そのお見舞い。それにしても東京は遠いわね。ちょっとした旅行よね」 「そのセリフ、10年前にも言っていましたよ」 「そうだった?」と二人で笑うのも懐かしかった。 10年前、僕が彼女の家を初めて訪れた時にも、山下さんは僕にそう言った。その時僕は「そんな遠くありませんよ」と答えたはずだ。実際に旅行、と言えるほどの時間は掛かってはいなかった。彼女の家は京急線の追浜という駅にあった。品川から乗換を含め約一時間。急行に乗れば40分程度で着く距離だ。当時の僕家から品川までが約30分だったので、合計で1時間半程度。近いとは決して言えなかったが、旅行、と言うほどの距離ではなかった。がちょっとした旅行気分、というのは実は僕も少し感じていた気がする。理由は思い出せないけれど。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加