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そういえば、と京急線の切符売り場に視線を向ける。そこにはあの時と同じように母子が切符を買うために列に並んでいる。まるであの時のように。10年前を再現してくれるかのような光景を見て、自然と僕の頬は緩む。 「ねぇこれって何て読むの?」 「これはね、おっぱま、と読むのよ」 Suicaにチャージするために並んでいると、前にいる母子の会話が自然と耳に入る。5,6歳の男の子が路線図を指して、聞いていた。そして僕は「おっぱま?」と首を傾げる。そんな変な名前の駅なんてあるのか?とその、おっぱま駅を僕は目を細めて探す。 追浜、という漢字が目に入り、これか、と納得して苦笑いをした。おいはま、じゃん、と。お母さん、おいはま、ですよ、と僕が念じていると、男の子がよほど気に入ったのか「おっぱま、おっぱま!」と何度も口にしては笑い、ピョンピョン跳ねながら母と共に改札へ向かっていくので、僕は、ははっと笑い、母子を見守る。 「おっぱま、で笑い過ぎだよねあの子」 右隣に居た女性もその光景を見ていたらしく、独り言、ではなく僕に話し掛けてくる。 「ですよねー、そんな名前の駅ないのに」 『おいはま』ですよねー、と言いながら僕は女性の方を向く。向いた先には女性、というよりも、女子、と表現するべきだろうな、と思われる小柄な女の子が立っていた。どうやら僕はそんな感想が顔に出ていたらしく、女の子は「あ、今小さいって思ったでしょ?」と目を細めながら非難してきた。 「それに、おいはま、じゃないよ。おっぱま、で合っているよ」と顔を膨らませた女の子は「ちなみに私、ちっさいけど、二十歳だから」と続けた。 「追浜っておっぱまなの?てか二十歳なの?」と僕は追浜という駅と、山下里海という女子を知った。 「私と私の駅、バカにしないでよね」とその小さな体には、まだ不満が残っているようだった。
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