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ああ、そういえばこんな電車だったな、と僕はホームに来た赤い電車に向かう。京急線快特。山下里海と付き合っていた当時、彼女の家である追浜駅(途中で乗り換える必要があるが)や、定番デートになっていた横浜駅に行くときなどに何度も利用していた。 偶然出会った山下さんに「これからどこ行くの?」と聞かれ、「横浜です」と咄嗟に応えてしまった僕は、まぁどうせ予定も無いしな、と本当に横浜に行くことにした。これに乗るのも10年ぶりだ。  あの頃はこんな自分を想像もしていなかったよな、と僕は細い息を出す。あの時、何となく憧れていた広告の仕事に大学卒業後、就くことはできた。がまずは営業からだ、と言われ、それからも今までずっと営業の仕事についていた。広告を作る仕事は未だゼロ。元々営業に向いていなかったのか、それともやる気がなかったのか、業績は伸びるどころか、下がっていた。辞めるか、辞めないか、この先どうするか、なんてことをこの一か月何度も何度も呟く日々だった。愚痴愚痴した毎日だ。 電車に乗り込んだ僕は、そうかこうだったな、とあの頃、自分もちょっとした旅行気分になっていた理由に遭遇した。とは言ってもなんてことはない、ただ単に座席が進行方向を向いている、それだけ。それだけでも微量ながらの非日常的な刺激を感じ、ちょっとした旅行気分にさせてくれたのだ。そしてそれは今も変わらずだ。乗って正解だったな、と思ったところで電車が動き出す。愚痴愚痴した気分もひとまず置き去りにする。
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