0人が本棚に入れています
本棚に追加
手品でも見せられたように、
唖然としてしまうばかりだった。
それからゆっくり、事態を飲み込み始めた。
澪くんだと思っていた男の子は、
澪くんでは無かった。
見知らぬ男の子だった。
背中にじっとり張り付く嫌な汗が吹き出た。
クラゲの水槽の前に行く。
視界の影になっている部分を探す。
澪くんはいない。
他の水槽の前にいる小さい男の子を全部確認する。
澪くんはいない。
1階に降りて澪くんを探す。
澪くんはいない。
澪くんいなかった。迷子だ。
その言葉に、急に不安になる。
小さい時に迷子になった記憶が蘇る。
広い世界で、たった一人になってしまった不安。
お父さんやお母さんに会えない不安。
これからどうしていいか分からない不安。
なにより、澪くんが、
それを感じているだろうという不安。
私の中でガラスが引っかかれる。
その爪で胸が痛み、その音で思考が乱される
頭が混乱し、わけがわからなくなる。
わけがわからないまま、
もう一度2階のクラゲの水槽から、一から探すことだった。
やはり、澪くんはいなかった。
2度目の捜索も徒労に終わって、
私は力なくクラゲの水槽の前に戻った。
もしかすると澪くんが帰ってくるかもしれない。
その思いが私を水槽の前に立たせたが、
平凡なクラゲ以外は待ってはいなかった。
ぼんやりとクラゲを眺めた。
ホウセキクラゲなんて名前なら、
私のホウセキを、子供を返せ、と
どうしようもない気持ちを、クラゲにぶつけた。
クラゲはふよふよと泳ぐだけで、
なにも助けてはくれなかった。
大きな後悔に、胸が締め付けられた。
自分の判断を悔いた、何が名案だ、と自分を罵った。
油断した自分が悔しくて、涙が出そうになった。
いや、泣いている場合じゃない。
行動しよう。
そう奮い立たせて、後ろを振り返った。
そこにはハンカチを手にした澪くんがいた。
思わず、澪くんに抱きついた。
こうして目の前に、
澪くんが居てくれるだけで、嬉しかった。
最初のコメントを投稿しよう!